【医学博士インタビュー】自立した生活維持へ、転倒・骨折しない体づくり

年齢を重ねても健康で生き生きと過ごすために、脳の認知機能とともに、体をうまく動かすための身体機能の低下も可能な限り防ぎたいもの。久留米大学病院リハビリテーション部の松瀬博夫准教授は「高齢者の健康寿命に深刻な影響を及ぼしている転倒・骨折に気を付けましょう。また、認知機能と身体機能は互いに影響しています」と注意喚起します。転倒や骨折を予防するための歩行トレーニングなどについても聞きました。

話を伺ったのは?

久留米大学病院 リハビリテーション部 部長
 准教授 松瀬 博夫(まつせ ひろお)先生

「高齢になると死亡にもつながる転倒・骨折。日常での注意が必要です」と松瀬博夫先生

久留米大学病院リハビリテーション部 部長、准教授。1975年生まれ。2001年長崎大医学部卒、06 年久留米大大学院医学研究科修了、同年医学博士。01年から久留米大学病院、筑豊労災病院、高邦会高木病院、久留米大リハビリテーションセンターなどで勤務。15年米・カンザス大リハビリテーション部に留学。17年現職

目次

交通事故の約4倍?! 転倒・転落での死亡

―松瀬先生は普段、どのような仕事に携わっておられますか。

整形外科、リハビリテーション科で主にがん患者さんの健康維持、がんの治療効果を高めるための運動などを取り入れて臨床に当たっています。また、「運動は良薬である」という言葉がありますが、運動がなぜ健康にいいのかの仕組みを見つけるのが研究テーマでもあります。多くの患者さんに運動の利点を知ってもらう役割もあります。

―私たちが健康長寿を目指す上で、整形外科医の観点からまず気を付けてほしいと思う点は。

日本では2035年には3人に1人が高齢者になるとされる中、他者の手を借りずにできるだけ自立した生活を送ることは、私たちの目標です。そこで介護が必要になった人のその原因を探ると、1位「認知症」、2位「脳血管疾患」、3位「高齢による衰弱」、4位「転倒・骨折」という順位。
1位から3位はいずれも転倒リスクを含むので、要介護にならないためには転倒予防、骨折予防が大変重要な要素だと言えます。

―転んだのをきっかけに入院し、要介護になったという人の話を時々耳にします

そういうケースは多いですね。実は、国内で高齢者の交通事故による死亡者数は年々減少して年間約2200人なのに対し、高齢者の転倒・転落・墜落で亡くなる数は約8800人と4倍もの多さ( 20年厚生労働省「人口動態調査」)。しかも65歳以上で急増します。これは言い換えると、転ぶのを防げたら亡くならずに済んだ人々。転倒には本当に気を付ける必要があります。

―交通事故に比べてそんなに多いとは。

65歳以上の3分の1以上が毎年転倒し、その半数は複数回転倒している。家庭内での転倒が多く、それも風呂場などではなく、リビングといった同一平面上でのスリップ、つまずき、よろめきが原因。次いで階段、屋外では平地、坂道、階段の順番です。

転ぶのはなぜ? 認知やバランス機能との関係

―なぜ転倒するのですか。

転倒リスク因子としては、歩行障害/筋力低下/バランス機能低下/視力障害/認知障害/多剤内服/ビタミンD不足/環境要因などが挙げられます。夜間の頻尿も転倒リスクが高くなると報告されています。

―予防のためにできることは。

バランス訓練は欠かせません。また、筋力増強運動、バランス訓練、ストレッチ、歩行などの複数の運動を組み合わせた「複合プログラム」が有効とされます。太極拳も転倒を減少させるというデータがあります。
高齢者は足関節でバランスを保つのが難しくなるので、特に足周りの機能維持、回復も重要です。

―認知機能との関係は。

高齢になると、歩行中に話しかけられたりすると立ち止まってしまうなど、「二重課題」(歩く+話す)を遂行できず、姿勢制御にも影響します。これらも転倒を招きます。
そこで推奨したいのは、運動と同時に計算やしりとりなどの認知課題を同時に行う「コグニサイズ」(※)や、それらを取り入れた「スクエアステップ」で二重課題をこなす訓練。高齢者施設などで導入されていますね。

※コグニサイズ…国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)が開発した認知機能低下予防のためのプログラム。全身を使って軽く息が弾む程度の有酸素運動をしながら計算やしりとりなどをして「体」と「頭脳」を同時に動かす

歩き過ぎに注意! インターバル歩行のすすめ

―ウオーキングを日課にしている人は多いと思いますが、歩行は身体機能改善に効果がありますか

〝1日1万歩〞の目標をよく聞きますが、漫然と歩く通常歩行では十分な運動強度はなく、いくら歩いても変形性膝関節症の機能低下予防や身体機能向上への効果はあまり期待できません。また、7500歩以上歩いても死亡率には変化がないという調査結果もあります。むしろ歩き過ぎると疲れがたまったり、膝や足首を痛めたり、転倒リスクが増える場合があるので注意が必要です。

―推奨の歩き方や歩数があれば。

効果的なのは「インターバル歩行」で、筋肉に負荷をかける「速歩き」と負荷の少ない「ゆっくり歩き」を数分間交互に繰り返す歩き方です。
どちらも意識して筋肉を動かす必要があり、〝ややきつい〞と感じる運動強度です。膝の伸展・屈曲筋力、最大酸素摂取量もアップし、身体機能の改善が見込めます。私も実践していますが、ゆっくり歩くのは案外難しいですよ。
標準的な身体活動をしていれば、運動としては1日約20分、歩数は2300歩程度歩けばよいというデータがあり、まずは3000歩を目標にして、歩数を増やしていくとよいですね。健康増進、身体機能向上を目的とする場合は1日に6000〜8000歩程度歩くのが理想です。

―ほかにもあれば。

英国で平均53歳の約26万3000人を5年間調査したデータで、自転車通勤をすると、がんや心血管疾患での死亡リスクを下げるという調査結果があります。サイクリングは膝への負担が少ないので、膝が痛い人などはいいですね。
しかも電動アシスト自転車でも効果があると分かっています。身体的活動要素に加え、野外環境からもよい刺激を受けるのではないかと推察されます。

いずれにせよ、自立した生活のために、簡単なことからでいいので身体活動(運動)を始めたいですね。

あわせて読みたい
【専門家インタビュー】体と脳を同時に動かす「コグニサイズ」で認知症予防の習慣を 健康で自分らしく長生きするために、日頃からできることには何があるだろうか。「コグニサイズは、認知機能低下の予防を目的に開発された運動プログラム。毎日の生活に楽しく取り入れてみませんか」とコグニサイズ指導者の杉谷太氏(福岡市)は呼びかける。
あわせて読みたい
【医学博士インタビュー】口内環境は全身に影響、しっかり噛んで健康に 健康寿命延伸を目指すとき、歯や歯茎の健康も見逃せないポイントといえます。久留米大医学部歯科口腔(こうくう)医療センター教授の楠川仁悟氏は「食べる、噛む、歯周病のケアは全身の健康、脳の活性化に深く関係します。健康な歯でしっかり噛んで上質な暮らしを送りたいですね」と話します。咀嚼(そしゃく)の大切さや歯周病への注意について聞きました。
よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

脳活、運動、食事、睡眠、社会参加、脳トレなどの普及・啓発活動による健康寿命の延伸・認知症予防の実現を目指す「脳活新聞」

コメント

コメント一覧 (1件)

目次
閉じる