【医学博士インタビュー】口内環境は全身に影響、しっかり噛んで健康に

健康寿命延伸を目指すとき、歯や歯茎の健康も見逃せないポイントといえます。久留米大医学部歯科口腔(こうくう)医療センター教授の楠川仁悟氏は「食べる、噛む、歯周病のケアは全身の健康、脳の活性化に深く関係します。健康な歯でしっかり噛んで上質な暮らしを送りたいですね」と話します。咀嚼(そしゃく)の大切さや歯周病への注意について聞きました。

話を伺ったのは?

久留米大学 医学部 歯科口腔医療センター
 教授 楠川 仁悟(くすかわ じんご)先生

「しっかり噛んで健康に。毎日のブラッシングや定期チェックを忘れずに」

1962年生まれ。1987年九州大歯学部卒、同年久留米大医学部助手、89年同大学院医学研究科に入学し93 年修了、同年医学博士。92~93年米国カンザス大医学部分子生物学教室に留学、98 年久留米大助教授、2003 年現職

目次

食べる、噛むは「脳を使う」と同義

「食べる、咀嚼する行為は脳のあらゆる部位を活性化させます」

―健康長寿を目指す上で、「噛(か)む」「咀嚼する」と脳の関係について教えてください。

咀嚼嚥下(えんげ)は、食べ物を認識してから口に取り込み、咀嚼し、喉や食道を通って胃へ送るまでの一連の機能を指し、5段階〈認知期〉〈準備期〉〈口腔期〉〈咽頭期〉〈食道期〉に分けられます。

その中で咀嚼は準備期に入り、食べるために大切な動作ですが、ただ「噛む」という運動的な機能だけでなく、味わうという味覚や食感、視覚や聴覚、嗅覚など五感の多くの情報が脳に伝達され、脳のあらゆる部位を活性化させています。

つまり、「食べる」「噛む」といった行為は、脳をフルに使っていることにつながるのです。


―噛む、味わうというのは大事な脳刺激なのですね。

味覚とは総合感覚なので、その時の気分、周りのにおい、料理の見た目、舌触りや温度などでも変わります。いろんな感覚が一緒になって、広い意味での味覚となるわけで、脳のとても広い分野を刺激しているのです。

また、しっかり噛むと前頭前野や海馬を刺激し、伝達系の機能を維持するのに役立つと言われます。

―ほかにもメリットはありますか。

しっかり噛むことで唾液がたくさん出てきます。唾液には抗菌物質が多く含まれ、口の中の環境をきれいに保つ働きがあります。また、唾液は食べ物を飲み込みやすくするので、誤嚥を減らせます。

とはいえ、近頃は軟らかい食べ物が増えていて、あまり噛まずに済んでしまいます。「噛む」を意識して食べる必要がありますね。

サイトカインと歯周病菌の危険性

歯周病菌、その毒素から守ろうとするサイトカインの影響は全身に

―しっかり噛むためには歯の健康が大事だと思いますが、歯周病について教えてください。

歯の周りの組織を、虫歯菌や歯周病菌などの細菌感染で壊されるのが「歯周病」。炎症を起こすので正式には「歯周炎」と言います。

細菌が繁殖した「プラーク」がたまると歯と歯肉の間に隙間が広がり、歯周ポケットができます。すると一層そこに細菌が増え、歯を支えている歯槽骨が溶け、歯が動く事態につながります。歯がぐらつくと、うまく噛むことができなくなり、最終的には抜歯といった事態にもなりかねません。

また、細菌から出る毒素は、血管を通って体全体にも影響を及ぼします。

―歯周炎の毒素が体に不調をきたすのですか。

毒素から体を守ろうとする免疫反応が起こり、「サイトカイン」という物質が分泌されます。本来体を守るための反応なのですが、正常なバランスを崩すと、歯周組織や体の組織を壊してしまうのです。

歯周炎が糖尿病の進行に関係しているのは昔からよく言われ、それはサイトカインが影響しています。サイトカインは動脈硬化や血栓症にもつながり、脳梗塞や心筋梗塞のリスクを高めることも分かっています。

また、歯周病菌は腸内の菌のバランスを壊したり、早産や流産の危険性を上げたりするとされ、歯周炎は万病のもとになり得ると言えます。

―脳や認知症との関係は。

アルツハイマー型認知症の原因の一つに、異常タンパク質の「アミロイドβ(ベータ)」が脳に付着するという状況があります。そして歯周病菌の中でも、たちの悪い菌で「ポルフィロモナス・ジンジバリス」という細菌があり、これがアミロイドβを沈着しやすくするという研究結果が出ています。

さらに歯周炎の影響で肝臓でもアミロイドβが作られるという実験データも。歯周病があるからすぐに認知症になる、と短絡的には言えませんが、認知症を進行させる要因の一つと言えるようです。

除きにくい細菌。定期的に歯科でケアを

―歯周炎予防のために気を付けることは何でしょうか。

まずはホームケア。正しいブラッシングの仕方をきちんと身に付けて、特に寝る前はしっかり磨くこと。そして定期的にプロのケアを受けるのが非常に重要です。

―定期的とはどの程度の期間ですか。

個人差がありますが、3カ月や半年に1度。歯石がつきやすいなど人は2カ月に1度程度がよい場合もあります。歯並びが悪く、そこにプラークがたまりやすい人もいます。かかりつけの歯科で、自分はどのくらいでチェックするのがいいか確認しましょう。

インプラントなど義歯の場合は、虫歯にはなりませんが歯周炎になる危険はありますので、ケアが必要です。

―歯周炎になってしまったら。

歯周病菌は、いろんな菌同士がコミュニティーをつくってバリアを張ってお互いを守る「バイオフィルム」を形成し、非常に取り除きにくいのが特徴。そして厄介なことに、歯周炎はあまり痛みがないので気付きにくく、進行してから来院する人も多いです。通院してしっかり治療しましょう。

歯を1本失うだけでも、咀嚼の効率は格段に悪くなります。なるべく抜歯は避けたいですね。

― 80歳で20本の歯を残す「8020運動」があります。

私としては、それでは少なく、しっかり噛むために24本は残してほしいと考えます。もし歯を失ってしまっても義歯できちんとカバーし、噛む力を保つこと。それが健康長寿生活への第一歩といえます。

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この記事を書いた人

脳活、運動、食事、睡眠、社会参加、脳トレなどの普及・啓発活動による健康寿命の延伸・認知症予防の実現を目指す「脳活新聞」

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