内閣府が昨年発表した「高齢社会白書」によると、日本では2025年には人口の3人に1人が65歳以上の高齢者になり、独居も一層増えると予測されています。西日本新聞本紙およびWebサイトで展開する「脳活新聞」シリーズでは、そんな超高齢化社会を見据え、一人一人がよりよく過ごすため運動、食、睡眠、生きがいなど、認知機能低下予防をはじめ健康長寿に関するさまざまな話題を取り上げています。2023年を迎え、企画のパートナーである久留米大の副学長で医学部長、矢野博久教授に、同大の医療機能のほか、健康寿命延伸について話を聞きました。
話を伺ったのは?
久留米大学 副学長、医学部長
教授 矢野博久氏
久留米大副学長、医学部長。1958年生まれ。83年久留米大医学部卒、87年久留米大大学院医学研究科博士課程修了、同年医学博士。同年、米国のハーバード大、ベス・イスラエル病院病理に留学。91年久留米大医学部病理学講座講師、2002年同助教授、07年同主任教授。12年シンガポール生物工学・ナノテクノロジー研究所(IBN)Adjunct Clinician Scientist兼務、15年久留米大大学院医学研究科長、19年同大医学部長、20年同大副学長
目次
急性期医療や教育、多機能な医療センターも
―久留米大は当シリーズのパートナーとして参画。紙面には学長をはじめ医学部各科の先生が登場し、それぞれ専門分野の観点から健康に関する話をしてくださっています。久留米大の医学部や大学病院、医療センターについて聞かせてください。
久留米大の前身は1928年に設立された九州医学専門学校。42年に久留米医科大学、50年に久留米大に。52年に福岡県内で2番目となる医学部を開設しました。
68年には医学部付属衛生検査技師学校( 76年から現在の医学部付臨床検査専門学校)、94年には医学部看護学科を西日本の私立総合大学の中で最初に開設。臨床検査専門学校は、2024年の大学化に向けて構想中です。
―連携する久留米大学病院の特色は。
高度な先進医療を実践する特定機能病院です。地域がん診療連携拠点病院であり、高度救命救急センターを有しているのも大きな特徴で、ドクターヘリもかなり早くから導入しました。
本院が超急性期や急性期医療を担当する一方で、久留米大学医療センターは慢性期医療が中心と、機能分化しています。医療センターは(1)一般急性期医療(2)回復期リハビリテーション(3) 慢性疾患の診療、(4) 特定疾患の手術を担っています。総合診療科も医療センターにあり、そのほか糖尿病センター、先進漢方治療センター、フットケア皮膚潰瘍治療外来などがあるのも特色です。
―診療・治療など臨床の現場と教育との関係について。
大学病院では当大学の医学部医学科、看護学科の学生実習をはじめ、外部から薬剤師、管理栄養士、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士などのリハビリテーション関連など多くの医療関連職の学生実習、そして初期研修医や専攻医を受け入れています。
また、医学部での数カ月に及ぶ解剖実習には、主に福岡県南エリアの看護学科の学生が見学に来ます。このような受け入れ体制も大きな特徴です。
―大学病院には「福岡県認知症医療センター」という機能もお持ちです。
指定を受けて12年に開設しました。認知症疾患に関する鑑別診断、合併症や周辺症状への急性期治療、専門医療相談などを実施しています。さらに、久留米市や地域包括支援センターなどと協働して「ものわすれ予防検診」を実施。認知症に関する研修などを通してさまざまな情報共有を行っています。
15病院・179診療科と連携し、地域医療を後押し
―それらにも通じる地域医療、地域との連携について。
久留米大は現在、15の教育関連病院、179の教育関連診療科と卒前・卒後教育や診療などで深く連携しています。これらの医療機関と医学部医学科、医学部付属病院の発展を目的に、「久留米大学関連医療施設協議会」を15年に設立し、講演会ほかを通して情報交換して、地域医療の発展に寄与しています。
―まさに地域の医療拠点といえますね。
ほかに、久留米医師会、浮羽医師会などで構成する「くるめ診療情報ネットワーク協議会〈アザレアネット〉」に参加しています。これはオンライン上の地域医療連携システム(ID-Link)を用いて、患者さんの同意のもと、地域の医療機関で診療情報を共有するネットワーク。過去の受診歴などを確認することで、迅速かつ適切な判断が可能になるとともに、重複する検査や薬剤投与を避け、情報開示施設(急性期病院)とかかりつけ医(診療所・病院)で情報共有を可能にしています。
■久留米大学関連医療施設協議会 15の教育関連病院
大牟田市立病院/聖マリア病院/公立八女総合病院/田川病院/JCHO久留米総合病院/柳川病院/熊本セントラル病院/筑後市立病院/宗像水光会総合病院/大分県済生会/日田病院/朝倉医師会病院/福岡記念病院/福岡県済生会/二日市病院/新古賀病院/戸畑共立病院
■くるめ診療 情報ネットワーク協議会〈アザレアネット〉 参加団体
浮羽医師会/大川三潴医師会/小郡三井医師会/久留米医師会/久留米大学医学部付属病院/久留米大学医療センター/嶋田病院/新古賀病院・古賀病院21・新古賀クリニック/聖マリア病院/聖マリアヘルスケアセンター/久留米市
診断し、診療方針決める“ドクター・オブ・ドクター”
―矢野教授の専門である「病理学」についても教えてください。
病理学には、病気の形態的変化を調べ、病気の原因を明らかにしてカテゴリーに分ける基礎医学的病理学と、病気の最終診断を施して治療や予防に貢献する臨床医学的病理学があります。生検や外科切除材料を用いて診断し、患者さんの治療方針などの決定に貢献します。
病理学の専攻医数は少なく、全国で約2700人。福岡県内では医師全体の中で約1%なんですよ。
―「生検(生体検査)」はよく耳にしますが、その診断をされているわけですね。治療の方針を決めるなども含め、大変重要な役割ですね。
新しいテクノロジーや手法が出てきて、臨床医が診断できるケースも増えてきましたが、病理医はそのエキスパート。がんであるかどうか、がんがどのくらい進行しているかなど、状況を正確に見極め治療方針に結び付けるのが役目です。
各科の医師の疑問に答える、診断結果を検討する、治療の適切性などを判断するので〝ドクター・オブ・ドクター(医師の医師)〞とも呼ばれます。
―中でも矢野教授の専門分野は。
主に肝臓がんです。病理学会や肝臓学会の評議員、肝癌研究会の理事などをしています。世界の肝臓病理医による診断基準の統一や意見交換のための会議を年に1度開催していて、来年は福岡市で実施予定です。
コロナ禍で見合わせていませんか? がん検診のすすめ
―身近な健康の話題を。コロナ禍で懸念される健康問題は何でしょうか。
初期は、ウイルスに感染すると高齢者の致死確率が高かったこともあり、特に高齢者は外出を控え、同時に地域活動も中止になるなど人同士の交流も減りました。ウイルスの毒性が少しずつ弱まっても自粛生活は長期化し、運動不足、食生活の乱れ、会話量の減少などが問題化しています。筋力や身体機能の低下やフレイル(虚弱)状態が進行している現象が多く見られています。
―どんな点に気を付けたらよいですか。
まずは栄養管理。そして3密を避けながら、身体活動と社会活動や交流を心がけるのが大事です。「栄養」「運動」「社会参加」の3つの柱を念頭に置いて生活しましょう。
また、国立がん研究センターの発表によると、全国のがん診療連携拠点病院でのがん診断で20年にがんと診断された人が19年と比べて6万人も減っているという調査結果が出ています。
これはコロナ禍でがん検診に行っていない人がそれだけ多いと推察され、がんに罹患していて発見が遅れるケースが心配されます。がんは早期発見が鍵なので、検診を長く見合わせている人は、ぜひ適切なタイミングでの検診を。
―「脳活新聞」シリーズへの提言などあればお願いします。
25年には高齢者の5人に1人が認知症になるといわれます。このシリーズでは脳トレ問題をはじめ脳によいレシピ、運動、認知症予防についての医師からのアドバイス、イベントなど、多面的に認知症予防をサポートしている価値ある企画だと思います。今後も継続し、読者の意見や要望に耳を傾けながら、さらに進化した内容になるよう楽しみにしています。
―新年を迎えた読者に健康長寿のためのメッセージを。
私も本年、高齢者の仲間入り。適度においしい物を食べ、飲んで、我慢や無理をせずに健康寿命を延ばしたいものです。ストレスを感じないための鈍感力、快眠、適度な運動が大事かと思います。私はできるだけ歩くように心がけていて、歩いている最中にいろいろなことを考え、問題解決の糸口が見つかることもありますし、食欲や快眠にもつながっています。皆さんも健やかな新年をお迎えください。