質・量ともに正しい睡眠を。今春始動、新たな「健康日本21」

睡眠こそ健康の基盤というのは、いわば常識。ところが睡眠不足や不眠だけでなく、寝過ぎも健康寿命の延伸を阻害するという。厚生労働省が今春スタートさせる第三次の「健康日本21」では、従来の睡眠の「質」に加えて「量」にも達成すべき目標値が設けられた。国民の健康づくりへ向けた新目標の設定会議などで座長を務める日本睡眠学会の理事長、久留米大の内村直尚学長(神経精神医学講座名誉教授)に正しい睡眠と「ぐっすり眠るための8カ条」を解説してもらった。

※西日本新聞TNC文化サークル久留米教室の講座「脳活健康大学」を採録し抜粋・構成

話を伺ったのは?

「睡眠を制する人が人生を制する」と語る内村直尚学長

久留米大 学長 内村直尚氏

医学博士。1956年生まれ、福岡県出身。久留米大大学院医学研究科修了。87~89年に米・オレゴン健康科学大に留学。2007年久留米大医学部神経精神医学講座教授に就任(~20年)。同大病院副病院長(11~13年)、同大高次脳疾患研究所長(12~21年)、同大医学部長(13~19年)、同大副学長(16~19年)を経て20年に現職。21年日本睡眠学会理事長に就任

目次

シニアは6〜8時間、寝過ぎも病因に

睡眠の大切さ、睡眠時間と死亡リスクについてを解説

第三次の「健康日本21」では、新たに睡眠時間が目標値に加わります。もう一つ重要なのは第二次と同じく、朝の起床時にぐっすりと眠れた休養感があるかどうかです。

60歳以上の人は8時間以上、床に就くと死亡リスクが高まります。これは睡眠時間ではなく「床に就いている時間」です。休養感(質の良い睡眠)を得られている人は、それほどリスクは高まりませんが、60歳を過ぎたら8時間以上は床に就かないのが健康寿命を延ばすこつです。
40〜59 歳の人は睡眠時間が5.5時間未満だと死亡リスクが高く、休養感が得られていない人はリスクがより高まります。目標の睡眠時間は60歳以上で6〜8時間、40〜59歳は6〜9時間。さらに休養感を得ている人を全体の80%まで上げるのが目標です。

睡眠不足や睡眠リズムの乱れ、さらに多すぎる睡眠は、さまざまな病気の原因になります。適正な睡眠時間と朝起きたときの休養感を得ることがフレイルや認知症、うつ病、生活習慣病、がん、脳血管障害などの予防になることが分かっています。また、日本は幸福感が少ないのが重要課題といわれますが、幸福感を高めるには適正な睡眠が一番のポイントです。
人生は約80年。そのうちの20年は寝ています。われわれは起きている60年の方に目が向いていますが、60年を健康で幸福にすごすためには20年の睡眠を大切にするのが大事です。20年間の睡眠を大切にできる人が、起きている60年間を最高の人生に変えられます。「睡眠を制する人が人生を制する」のです。

健康日本21とは?
国民が心身ともに健康であることを目指して厚生労働省が2000年度に始めた健康づくり運動。休養・睡眠のほか栄養・食生活、身体活動・運動、生活習慣病など各分野で目標数値を定め、達成への取り組みを行う。13年度からの「第二次」の評価をもとに「第三次」の目標を設定した。睡眠では、19年時点で①睡眠で休養が取れている人78.3%②睡眠時間が十分に確保できている人54.5%を、32年度には①80%②60%へ引き上げるのが目標。

ぐっすり眠るための8カ条

ぐっすり眠るための8カ条

それでは、適正な睡眠はいかに取るか。そのための「8カ条」を挙げます。

1)就寝前はリラックスする
寝よう寝ようと思うと脳が興奮して、かえって眠れません。眠ることをあまり意
識しないこと。睡眠に効果的な音楽やアロマもたくさん売られています。「軽い読書」も効果があります。眠ることから本に意識が移るためです。子どもに絵本を読み聞かせていると、いつの間にか自分が寝てしまうのは本に意識が向くからです。
入浴後は1時間以上たってから床に就くこと。体温の上昇時には寝付けません。熱いお風呂だと体温は2時間くらい下がりませんから、40〜41度のぬるめのお風呂に入るのがポイントです。

2) 眠りを妨げるものは控える
<アルコール>
アルコールを摂取すると眠くなりますが、3、4時間たつとアルコールはアルデヒドという覚醒物質に変わります。そこで目が覚めて、その後は深く眠れま
せん。睡眠を妨げない摂取量は約20g以下。20g以下の目安はビールで500㏄、日本酒は1合(180ml)、ワインだとグラス2杯、焼酎では6対4で割って1杯です。酒に強い弱いは関係ありません。
<カフェイン、たばこ>
コーヒー100㏄に約60mgのカフェインが入っています。体内に50mg以上が残っていると眠れません。体内では約5時間たつと半減しますから、就寝の5時間前にコーヒー1杯なら影響は少ないですが、2杯だと眠れません。日本茶の玉露にも100㏄で約160 mgのカフェインが入っています。飲み過ぎないように注意してください。
就寝前や夜中に目覚めたときの喫煙は、さらに目を覚ますことになります。

3)就寝前には明るい光を避ける
スマホやパソコン、液晶テレビ、LED照明などのブルーライトが睡眠の妨げと
なります。LEDを使っている家庭は寝る1時間前から照度を落とす必要があります。ただし、20歳くらいまではブルーライトにすごく反応しますが、60歳を過ぎると反応が悪くなるため少々浴びても影響はありません。
早朝に目が覚めて困っている人は夜にブルーライトを浴びると寝る時間が遅くなり、相殺されて過剰な早起きが改善されます。早起きの程度によってはブルーライトを浴びても構わないと最近の研究で分かってきています。

4)午前0時までには床に就く
午前3〜4時くらいまでが一番深く眠れます。人には眠気のリズムがあり、1日のうち最も眠気が強まるのは午前2〜4時です。
また、体温が急峻に下がるときが寝付きやすく、上昇時には寝付けません。体温が一番高くなるのは午後7時くらい。そこから下がって午前5時過ぎに最低体温になります。自然に覚醒するのは最低体温から約1時間後。この時間には、すっきり目覚めることが多いです。体温が下がっているか上がっているかによって、ぐっすり眠れるかが決まります。

5)朝一定の時刻に起床する
朝一定の時刻に起きて光を浴びること。これが最も大事です。脳内には生体時計があり、毎日、無意識のうちにリセットしています。最もリセットする力が強いのが朝の光です。
人は起床から15、16時間たつと、メラトニンというホルモンが脳から分泌されて眠くなるようにできています。夜の一定の時間に寝るよりも、朝の一定の時間に目覚めることが睡眠の質を高めます。
また、土日の遅寝は2時間まで。これを超えると自律神経やホルモンの代謝リズムなどが乱れ、翌週の半ばまで疲労感や眠気が解消しなくなります。海外の研究では、うつ病になる確率も上がります。

6)規則正しい食事
生体時計をリセットさせる力が2番目に強いのが規則正しい食事、とくに朝食です。生体時計のメインは脳内にありますが、末梢の時計が消化管にあります。朝食をとると、食物が胃や腸を通る刺激で消化管の時計がリセットされ、さらに脳内の時計に伝わります。遅くとも起床から2時間以内に朝食をとってください。
夕食後2時間は床に就くのも控えましょう。食事をとると体温が上がるため寝付けません。また、朝の起床から13、14時間後が最も覚醒度が上がります。夕食後の時間帯には床に就いてもウトウトとするだけで、その後に深く眠れなくなります。

7)規則的な運動
運動は非常に効果的ですが、寝る直前に運動すると交感神経が優位に立って眠れなくなります。ジョギングやスイミングなど激しめの運動は就寝の3〜4時間前に終わらせること。寝る前に運動するならストレッチやヨガ、太極拳など緩やかなものに限ります。夜の激しい運動は健康寿命に影響します。

8)昼食後の20〜30分の昼寝
眠気のリズムのうち、午前2〜4時に次いで眠気が強まるのは午後2〜4時です。40歳を過ぎると午前の眠気が弱まる一方、午後の眠気は強まってきます。そこで定期的に短時間の昼寝をすると、午後の活動と夜の睡眠の質を高めます。大事なのは夜の睡眠に影響しないよう30分以内にとどめることと、午後3〜4時くらいまでに終わらせることです。
昼寝を規則正しくしている人は心臓病での死亡率が低下します。肥満や生活習慣病の予防になることも分かっています。また、30分以内の昼寝によってアルツハイマー病の罹患リスクが6分の1に下がります。ところが、1時間以上の昼寝ではリスクが2、3倍上がります。昼寝の仕方でアルツハイマー病の予防にも原因にもなるわけです。
午後2時くらいに30分程度の昼寝をすることが、認知症の予防や健康寿命の延伸に効果があります。布団に入ると
30分では起きられないので、ソファや椅子に座ってうつ伏せになるくらいで十分です。昼寝の前にカフェインをとると、20分ほどで効果が出て目が覚めやすくなります。昼寝は浅い睡眠にとどめることが大事です。また、5分ほど目をつぶっているだけでも脳はリフレッシュできます。

不足も過多も認知機能に影響
福岡県久山町の住民を対象とした疫学調査「久山町研究」では、2002年時点で認知症のない60歳以上の1517人が、10年後の2012年に認知症になったか、死亡したかを調べた。その結果、最も認知症になりにくくて死亡率も低かったのは、睡眠時間が5時間から6.9時間の人だった。一方で5時間未満の人、8時間以上の人は認知症になりやすい。60歳を過ぎると6~8時間の睡眠をとることが、認知症にならずに長生きできることをデータが示している。

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この記事を書いた人

脳活、運動、食事、睡眠、社会参加、脳トレなどの普及・啓発活動による健康寿命の延伸・認知症予防の実現を目指す「脳活新聞」

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