【医学博士インタビュー】認知症予防につながる「良質な眠り」へ、習慣見直す秋に

 過ごしやすい気候の季節を迎え、心地よい睡眠タイムを過ごせていますか。9月3日は〝ぐっすり(眠る)〞の語呂合わせから「睡眠の日」(※)とされているなど、睡眠について考えるのにふさわしい時季といえそうです。「脳活新聞」シリーズの協力大学、久留米大の内村直尚学長は日本睡眠学会の理事長でもあります。「良質な睡眠は認知症予防にもつながります。コロナ禍で生活のリズムが乱れがちな中、眠りの習慣について見直してみませんか」と呼びかけます。
※秋のほか春(3月18 日)の年2日。精神・神経科学振興財団と日本睡眠学会が2011 年制定

話を伺ったのは?

久留米大学 学長 内村 直尚 先生

「よく眠れていますか? 睡眠の習慣を見直しましょう」と久留米大 学長の内村直尚先生

(うちむら・なおひさ)医学博士。1956 年生まれ、福岡県久留米市出身。福岡県立明善高校―久留米医学部―久留米大大学院医学研究科。米・オレゴン健康科学大に留学(87~89年)し、久留米大医学部神経精神医学講座助手、講師、助教授を経て2007年同大教授に就任。同大病院副病院長(11~13 年)、同大高次脳疾患研究所長(12 ~21年)、同大医学部長(13~
19 年)、同大学副学長(16 ~19年)を経て20 年から現職

目次

生活リズムと睡眠 コロナ禍の影響

―コロナ禍で心配される睡眠の問題は何がありますか。

およそ2割の人がコロナ禍以前より、「睡眠習慣がとても悪くなった」と感じているというデータが出ています。病気に対する不安やストレスが原因の場合もあれば、在宅ワークをはじめ外出の機会が減り運動不足になるなど生活にメリハリがなくなり、1日のリズムが乱れたケースもある。太陽の光を浴びないのでメラトニンの分泌が減ってしまったという理由も考えられます。メラトニンは体内時計に働きかけて自然な眠りを誘う作用がある、「睡眠ホルモン」とも呼ばれる物質です。

またオンライン飲み会など自宅での飲酒は、終電を気にしなくていいので長時間になりがちに。朝からアルコールに手を出してしまうという人も出てきました。これらも生活や睡眠のリズムが乱れる引き金になっています。


―ドラマや映画を長々と見る習慣がついてしまったり、スマートフォン(以下スマホ)を寝る直前まで見ていたり…。

テレビやスマホのブルーライトは、メラトニンの分泌を抑制することが分かっています。そもそも光そのものが交感神経を刺激して覚醒レベルを上げてしまうので、寝る前に光を浴びると寝付きが悪くなります。


―どうやら悪い影響が多いようですね。

そもそも日本人は世界の中でも睡眠時間が短く、その中でも子育て、子どもの受験の世話、介護などを担う女性は一層短いという統計があります。そのうえにコロナ禍で家族が一日中家にいて昼食の用意が増えるなど、家事負担やストレスが増大。睡眠時間を十分に取れていない状況に拍車がかかっています。

実は0歳から3歳児の睡眠時間も日本は世界で一番短い。これは本当に深刻な問題であり、社会全体が見直さなければいけない課題。いずれ改めてお話ししましょう。

長く寝過ぎても認知症のリスクに

―睡眠と認知症の深い関係について、いま一度聞かせてください。

認知症の約6割を占めるアルツハイマー病の要因とされる、脳にたまる異常たんぱく質「アミロイドβ(ベータ)」は、ぐっすり寝ているときに老廃物として排出されます。つまり、睡眠時間を十分に取れていないとうまく排出されず、認知症になるリスクが高くなります。

―高齢になると睡眠時間は短くなりますが、どのくらい眠ればよいものですか。

福岡県久山町の住民を対象に50年以上継続されている疫学調査「久山町研究」において、60歳以上の住民を10年間追跡して認知症の発症リスクを調査したところ、睡眠時間5〜7時間の場合が最も認知症になりにくかったという結果が出ています。

一方、5時間未満の人はアルツハイマー型に加え脳血管性型の認知症にもなりやすく、これは8時間以上寝ている人も同様です。死亡率も高くなります。

年齢によって適切とされる睡眠時間の目安は、15歳くらいまでは約8時間、25歳以上で7時間、45歳で6.5時間、65歳で6時間、75歳以上で5.5時間、85歳以上で5時間といわれています。


―長くてもいけないのはなぜですか。

時間が長くなるほど、実は睡眠が浅くなっているというのが一番の理由です。夜間に数度目が覚める人もいます。長さではなく深くぐっすり眠れているという〝質〞が大事です。

どの時間帯に寝ているかも重要です。人間には1日の体内リズムや体温リズムがあり、一般的には体温が下がってくるときに眠りやすく、上がるときに目覚めやすい。つまり夜11時から午前0時くらいが寝付きやすく、午前3時から4時までが最も深く眠ることができるので、できればこの間に睡眠時間を確保したい。もし午前3、4時に寝始めると、たとえ6時間寝たとしてもなかなか深い睡眠が得られません。

体内リズム
人間には体のリズムを整えるための体内時計が備わっていて、1日約25 時間の周期である。これを地球の1日の24時間周期に合わせるために同調因子が作用してリセットしている。同調因子には「太陽の光を浴びる」「朝食を取る」「運動する」「人と接触する」「昼と夜のメリハリをつける」などがある。
体温リズム
通常時の人間の体温は、午前5時から6時ごろまでが最も低く、そこから徐々に上昇して午後7時ごろに最も高くなる。

―寝付きには体温もポイントなのですね。

例えばお風呂に入ると体温が上がるので、入ってすぐは眠れないもの。その1時間後くらいに体温が下がるタイミングが一番寝付きやすい。熱過ぎるお風呂だと2時間くらい体温が下がらないので、その時間は寝付けないことに。寝る前に激しい運動をするのも体温が上がって覚醒してしまうので、ストレッチやヨガなど軽めの運動が好ましいです。

お酒は飲み方に注意 「睡眠をよくする」という話題の商品は?!

「ぐっすり寝て体も脳も健康に」と内村学長

―質の高い睡眠を獲得するためのアドバイスを。

日中はできるだけ活動性を上げて適度に疲れておく、光を浴びる。昼寝は30分以内にしておき、夕方はなるべく寝ないようにする。お風呂は眠りたい時間の1時間程度前に40〜41度でゆっくりつかり、体温を上げ過ぎないのが理想です。

また、床に就く1〜2時間前から部屋の照明を落としておく、ライトの色をメラトニンの分泌を抑制しにくいオレンジ色に変える、パソコンやスマホのブルーライトをカットするなども有効。寝る前はテレビなど目から入ってくる情報を抑え、優しい音楽やラジオなどにするといいですね。

―お酒はどうでしょうか。

アルコールは寝付きをよくするものの、3、4時間たつと体内でアルデヒドという覚醒物質に変化し、目を覚ましてしまいます。ですから寝る3〜4時間前までに晩酌で飲むのはよいですが、寝酒として飲まないようにしたい。

また、適量のアルコールは認知症リスクを減らしますが、適切な量や飲み方に留意する必要があります。具体的には1日に日本酒なら1合、ビールは500ml、ワインはグラス2杯、ウイスキーはダブル1杯。女性はアルコール代謝酵素が少ないので、それより少なくしたいですね。

昼寝(午睡)の方法
●午後は無理に眠らなくてもよい。5分程度閉眼して安静にしているだけでも効果あり。
●深く眠ると目覚めた後にすっきりせず、夜間の睡眠の質が下がる。浅い眠りにとどめるには20~ 30 分程度が理想。
●夕方以降の午睡は夜間の睡眠の質を下げる。
●午睡前にコーヒーや日本茶などカフェイン類を摂取すると目覚めがよくなる。
●午睡後に光を浴びて体操など体を動かすとすっきりする。

―眠りの質を上げるという話題の飲料などがありますが。

脳と腸の働きが密接に関係している「脳腸相関」が分かってきました。そこで腸内環境を良くして脳の活動性を高め、自律神経のバランスも取れる状態になり、睡眠の質が高まる可能性が考えられます。

ほかに、今はGABA(ガンマアミノ酪酸)も抑制系の神経伝達物質として注目され、タブレットやチョコレートなどに入れて販売されていますね。睡眠を良くするという柔軟剤もコマーシャルで見ますが、ラベンダーなど鎮静作用やリラックスさせる香りはあります。肌触りも重要かもしれませんね。

―それでもよく眠れない、うまく寝られない場合はどうすればよいですか。

眠れているのに自覚できない場合もあれば、睡眠障害の場合もあります。気になるときは、かかりつけ医に相談しましょう。今は副作用の少ない安全性の高い睡眠薬があり、睡眠衛生指導とともに、うまく取り入れた方が良いケースもあります。「睡眠薬を飲むと認知症になる」というイメージを持つ人もいますが、大量に長期間飲まない限り起こりません。ただし、アル
コールと一緒に服用するのは危険なので、厳禁です。

ちなみに、現在の睡眠薬よりもアルコールが依存性は高い。無理にアルコールを飲んで寝るより、睡眠薬で寝た方が安心ともいえます。

―健康寿命延伸のためのメッセージを。

ぐっすり寝てすっきり起きるのは、私たちにとって大きな幸せであり、癒やしです。コロナ禍を生活のリズムを見直すきっかけにして、睡眠、運動、食事などに気を使い、体と脳を元気に過ごしていきましょう。

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

脳活、運動、食事、睡眠、社会参加、脳トレなどの普及・啓発活動による健康寿命の延伸・認知症予防の実現を目指す「脳活新聞」

コメント

コメント一覧 (1件)

目次
閉じる