日本でレカネマブ(エーザイ社、バイオジェン社の共同開発、商品名レケンビ)が薬事承認されたのは2023年9月。認知症の多くを占めるアルツハイマー病の進行を遅らせるこの治療薬は、世界的にも広がりを見せています。
一方で日本では費用対効果を判断材料に、11月からの薬価引き下げが決定して話題となりました。また、24年9月には同様の治療薬ドナネマブ(イーライリリー社、商品名ケサンラ)も登場。久留米大病院で実際に両薬を用いた治療にあたっている、同大高次脳疾患研究所の小路純央教授と佐藤守講師に現状や効果のほか「早期発見・早期治療」の重要性を聞きました。
話を伺ったのは?
久留米大医学部・高次脳疾患研究所
小路純央教授
久留米大医学部・高次脳疾患研究所の小路純央教授
医学博士。1966年生まれ、大分県中津市出身。久留米大医学部卒、同大学院医科学研究科博士課程修了。96年から98年まで米国オレゴン健康科学大に留学。久留米大医学部神経精神医学講座助手、講師、准教授、高次脳疾患研究所准教授を経て現職。福岡県認知症医療センター事務局、福岡県認知症施策推進会議委員などを兼務。日本認知症学会専門医、日本老年精神医学会専門医、認知症サポート医。
久留米大医学部・高次脳疾患研究所
佐藤守講師
久留米大医学部・高次脳疾患研究所の佐藤守講師
医学博士。1981年生まれ、大分県別府市出身。久留米大医学部卒、同大学院医学研究科博士課程修了。2015年から17年までドイツ・テュービンゲン大学病院精神科に留学。久留米大医学部神経精神医学講座、高次脳疾患研究所講師、久留米大病院もの忘れ外来担当医兼務。日本精神神経学会専門医、日本老年精神医学会専門医、認知症サポート医。
目次
アルツハイマー病の進行遅らせる治療薬
―レカネマブの承認から2年。久留米大病院での治療の状況を教えてください。
小路 当院での最初の投与は昨年6月でした。これまで治療を受けたのは33人。かかりつけ医からの紹介などもあり、口コミでどんどん増えている感じで、投与待ちの方もいます。最も若い方は65歳、最高齢は85歳。多いのは75歳前後ですね。
―レカネマブはどのように効くのですか。
佐藤 アルツハイマー病を発症する原因の一つに、脳内で作られるタンパク質・アミロイドβ(以下、Aβ)の蓄積があります。通常は排出されるAβが何らかの原因で排出が悪くなり、最終的には老人斑という大きな塊を形成して脳細胞を死滅させます。レカネマブはAβが塊になる途中の物質であるプロトフィブリルを主に除去することで認知機能の低下を遅らせます。
MCI(軽度認知障害)からの移行・回復率
投与が可能なのはMCIと軽度認知症
―MCI(軽度認知障害)か軽度認知症の段階でなければ治療を受けられないと決められています。事前の検査について教えてください。
佐藤 まずはスクリーニング検査であるMMSE-Jという認知機能検査を行います。この検査は「今日は何月何日、何曜日、今いる場所は」という見当識を尋ねる問いや三つの単語の記銘力、計算や文章の復唱、図形を模写するなどのさまざまな認知機能を評価し点数を付けます。30点満点ですが、この薬は22点以上でなければ治療を受けられません。
また、次の段階で頭部MRI(磁気共鳴画像法)検査での異常の有無、さらに認知症の重症度を決めるCDR(臨床的認知症評価尺度)検査、そして最後にアミロイドPET検査または髄液検査を必ず行い、Aβの蓄積が確認されると投与が可能になります。非常に複雑かつ多様な検査を段階的に行うので、スムーズにいっても1カ月以上はかかります。
―CDR検査とは。
小路 日常生活や社会生活での記憶力、見当識、判断力、社会適応、家庭状況、介護状況の6項目に対して、一つ一つ細かく本人と介護者から聞き取り、それぞれ点数を付けて重症度を測ります。例えば、記憶力では日常とは違う外出をしたことや、特別なことをしたといった出来事を検査の直近4週間前に事前に家族に日記のように書いてもらい、それを本人が覚えているかなどです。本薬剤を使用するにあたり、認知症の重症度は極めて重要ですので、当院はここをより厳密にしています。
―治療についてですが、レカネマブの場合、投与は2週間に1度、約1時間の点滴で、基本的な治療期間は18カ月ですが、その後の継続も可能ですね。また、期間中に数度のMRI検査も必須です。副作用はありますか。
佐藤 副作用として、この薬に限らず抗体薬の点滴に伴いアレルギーのような反応( インフュージョンリアクション)が出る方がいます。主に頭痛、発熱、嘔気(おうき)、悪寒などの症状が出ます。ただし、ほとんどの方が軽症です。
もう一つ注意すべき副作用に、ARIA(アミロイド関連画像異常)があります。Aβは脳の血管壁にも沈着することがあります。これを薬が除去した時に血管から血液成分が漏れ出て、脳のむくみや出血を起こします。実際に多くの場合は無症状です。だからこそ本薬剤の使用ガイドラインでも、MRI検査の頻度や検査時期が決められており、医師の側から見つけていかなければいけません。
小路 多くは微小出血といって、血液成分が血管から漏れている状態であり、重篤になる可能性は低いです。ただ、当然ながら出血が絶対にないとは言い切れないので、当院では事前に各科とも相談して、脳出血があれば脳神経外科の先生、むくみで入院が必要な場合には脳神経内科の先生の診療を紹介する体制を導入しています。
レカネマブの4年間継続投与による変化(イメージ図)
―薬価はおおむね300万円ですが、公的医療保険や高額療養費制度も適用されます。自己負担額は。
佐藤 所得や年齢との関係もあるので一概には言えませんが…。また、レカネマブは体重あたりで投与量が違うので、それによる個人差もあります。大まかに言えば、体重50kgの人で1割負担だと手技代や検査代なども含めて1カ月あたり3万3千円ぐらいでしょうか。高額療養費制度は年齢や年収に応じた限度額を超えた場合に超過分の払い戻しを受けることができる制度です。上限を超えた月が3回以上ある場合、4回目の投与からは「多数回該当」となって自己負担額がさらに引き下げられます。
―治療を通して、薬効に対する実感はありますか。投与を受けた人の声は。
佐藤 患者さんから「良くも悪くも変わらない」とよく言われますが、そもそも認知症は進行性の疾患なので、変わらないことはむしろ良いことでもあるとお伝えすることが多いです。この薬は認知機能の低下を緩やかにする薬であるため、進行していないことで効果があると判断しています。しかし、中には元気になる方もいらっしゃいます。あくまで個人的な意見ですが、これは薬の直接的な作用というよりは、遠方から来院される方の中には、来院とセットでパートナーと旅行や観光をされる方もおり、2週間に1度の医師とのやり取りも含め、活動量や楽しみの増加によって快活になられる方もいらっしゃるのかなと思います。
― 11月からレカネマブの薬価が15%引き下げられます。中央社会保険医療協議会が費用対効果が低いと判断しての引き下げで、効果への疑念が出そうです。
佐藤 既にエーザイ社が発表していますが、公的分析は18カ月間の臨床試験の結果を基にしている一方、企業分析では18カ月以降の継続投与でも治療成績に差が広がるというデータや、介護負担や医療費の減少も示されています。今回の結果はこのような分析評価法による違いもあるため、安易に「薬価が下がるのは効果がないから」と一般に受け取られることを懸念しています。
小路 7月に国際学会でエーザイ社から治療を4年間継続した場合のデータが新たに出ました。無投与の人との差はどんどん広がっています。あくまで病気の進行を遅らせる薬ではありますが、この治療を受ける意義はあると考えています。
治療のためにも重要になる早期発見
―この薬を使うためにも、また使わずに認知機能を維持するためにも、機能低下に早く気付いて対策することが重要ですね。
佐藤 2012年のわが国での推計では、団塊の世代が後期高齢者に入る25年には約700万人が認知症患者になると予測されていましたが、22年時点の調査で有病者は443万人で、12年時点の462万人より減少しています。一方で12年には400万人であったMCIの人が、22年には559万人に急増しています。認知症の有病率が下がった要因は、喫煙率の減少や特定健診などへの介入、糖尿病などの治療薬の開発、さらには国民がメタボリックシンドロームに関心を少なからず持つようになったことなどです。しかしながら認知症の一番の原因は加齢ですので、超高齢社会が進展している現状では、認知症の方は増加してきます。認知機能の低下をできるだけ早めに発見して対応することが重要です。
小路 アルツハイマー病はAβの蓄積と、タウたんぱくの変性によって脳が萎縮し、さまざまな認知機能の低下を起こす病気です。発症する20〜30 年前からAβは蓄積していますし、もう一つの(アルツハイマー病の)原因であるタウたんぱくの変性が進行していない早期の段階の方が、レカネマブやドナネマブの治療効果がより期待できることが明らかになってきています。MCIや軽度の認知症の方で、アルツハイマー病であることが検査で明らかになれば、この薬の適切な使用を検討していただければと思います。かかりつけ医があれば一度ご相談いただき、興味があればお気軽に相談いただけたらと思います。
MCIも予防や回復が期待できる状態ですから、いかに生活習慣(病)の改善に取り組むかが大切です。ロコモティブシンドローム(運動器症候群)も認知症や生活習慣病に関連するので、食事や運動、睡眠、快便などを意識していただきたいです。
レカネマブとドナネマブの違い
ドナネマブは6人治療
1年遅れで登場したドナネマブはAβ凝集体に作用し、薬価や有効性はレカネマブと大差ありません。MMSE-J検査による使用基準、投与間隔、約1年後にAβの除去が確認されれば終了できる点などに違いがあります。副作用として点滴によるアレルギー様の反応が多いレカネマブに対し、ドナネマブはARIAが多くなっています。5月に治療を始めた久留米大病院では6人が治療中で、複数人が投与を待機しています。
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