高齢者の「声」から生まれた誰もにやさしいガスコンロ

福岡市認知症フレンドリーセンター(同市中央区)に展示されている1台のガスコンロ。「福岡オレンジパートナーズ」に参画するリンナイ(本社・名古屋市)が、福岡市が設立した「オレンジ人材バンク」に登録する認知症の当事者らと共同で作り上げた、いわば〝福岡発〞の製品だ。安全面を最重視した、当事者のみならず「高齢者にやさしい」機能が取り入れられている。この製品はどうやって作り上げられたのか。モニタリング調査と試作を重ねた同社の製作担当者に、完成までの過程や製品に込めた思いを聞いた。

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リンナイ、西部ガスなど福岡オレンジパートナーズで製作

コンロの完成までに4回のモニタリング調査が実施された

高齢になっても「できること」を続けるのは、認知機能の低下を抑える効果があるという。「できること」や「続けたいこと」として料理を挙げる声は多い。一方で、高齢になるほど新たな器具を使いこなすのは難しくなる。このため、料理には従来通りに火を使いたいと望む。
とはいえ、周囲の人々にすれば「火を扱ってほしくない」というのが実情だ。このギャップから生まれる課題をいかにクリアできるか。高齢者を、そして周囲も安心させるガスコンロの製作は、まさに難関への挑戦だった。


きっかけは2021年秋。リンナイは福岡市、西部ガスの誘いを受けて、認知症当事者の希望に応える同市主催の料理会に参加した。当事者と一緒に買い物から始め、ガスコンロで調理。参加者からは喜びの声が上がる一方で、コンロに対する「使い方が難しい」「使いにくい」といった声も聞かれたという。高齢者向けの製品でも、その工夫が使う側には十分に届いていないのか…。操作が難しければ安全面に影響する。
「これはガスが危険なのではなく、使い方が分からないことが危険なのだと痛感しました」(九州支社リビング営業室次長・伊集院章さん)
社内協議を経て福岡市が設立した福岡オレンジパートナーズへの参画を決定。認知症の当事者と一体となった新たな製品作りがスタートした。

独り言に「本音」

リンナイが福岡市のオレンジ人材バンクと共同製作したガスコンロ

昨年7月から西部ガスや市と共に計4回のモニタリング調査を実施。延べ40人の認知症の当事者に、その家族や介護者らを加えるとモニターは延べ100人を超えた。実際に当事者が試作機を使用。そこで得た意見を反映させて、さらに試作を重ねていった。
「モニタリングでは、操作ができていなくても『できた』と答える人もいました。言葉だけでは正確に情報が得られないと判断して、悩んでいるときにどこを見ているか、どこに指を持っていくか、さらに独り言をメモに取りました」(開発本部デザイン室課長・山田勇雄さん)
当事者の横に立ち、動作やつぶやきに表れる〝本音〞を丹念に集めた。そうして導き出した答えの一つが色使いだ。多くのコンロがベース色に採用するシルバーだと、加齢による目の衰えや白内障を患った際に各種の表示が見えにくいと分かった。そこで最も見えやすい色として白を基調にした。天板にはオレンジ色で右コンロ、緑色で左コンロと表示し、点火スイッチを同色でそろえた。天板には黒色の枠も設けた。
「天板に手を置いて作業をする人が多かったからです。境界線を見やすくすることで、天板のここから内側の部分は熱くなるというサインになります。視覚的効果がさまざまな場面で大事だと気付き、五徳や枠を黒にしました」(山田さん)
音声機能にも手を加えた。音量やスピードの調節が可能なだけでなく、聞き取りやすい言葉を探った。
「普段、人が話すときに『着火して、消火して』とはあまり言いません。『火を付けて、消して』です。それならば『付けて、消して』と口語を使った方が、聞き取りやすいと判断しました」(山田さん)

とことん安全に

モニタリング調査の様子

数々の工夫の〝基盤〞として常にあったのは、当然ながら安全性の追求だ。
「消し忘れにはとことん配慮しなければいけないと思って作りました。自動的に消火する機能は元々付いていますが、消火する時間の設定機能や、コンロを使っていることを音声のほかLEDランプでも知らせるなど、二重三重の配慮をしました。ここが最も配慮したところです」(開発本部厨房設計室課長・加藤定基さん)
ほかにも使用時に熱くなるグリル部分の色分けや表示文字の大きさなど、あらゆる面に気を配った。もちろん、商品価格に直結する製作コストも抑えたという。
こうして認知症の当事者と共に生み出した製品だが、単に「認知症の人にやさしい」にはとどまらない。認知症を患っても安全に使える製品は、誰にとっても安全な製品だからだ。いわば「シニアにやさしい」だ。

来年初頭にお目見え

「われわれが100%の人を救うことはできませんが、福岡市の担当者から『1 人でも救ってほしい』と言われて励みになりました。年を取れば、誰でも大なり小なりできないことが出てきます。そこをサポートして、料理を続けたい高齢者を1 人でも救えればという思いです」(営業本部商品企画部課長・中野一志さん)
ガスコンロにとどまらず、今回得た知見は同社の他製品にも生かされる。同時に、こうした取り組みの輪が広がることにも期待する。
「高齢者がお住まいの家庭で、コンロは最も危険視されている製品だと思いますが、モニタリングを通じて難しい課題であっても答えを導き出せると実感しました。他の企業さんも福岡オレンジパートナーズに賛同してくれればと思います」(山田さん)
発売は来年初頭。実機は福岡市認知症フレンドリーセンターに展示されている。

問い合わせはリンナイ本社(代表)=電話052 (361 )8211(平日午前9 時〜午後5時)。

認知症当事者と開発した製品 靴下、介助用チェアなど展示中

福岡市認知症フレンドリーセンターに展示中

「福岡オレンジパートナーズ」は、認知症当事者と共生する社会づくりへ向けて福岡市が2021年に設立した共同事業体。認知症の当事者、家族、企業・団体、医療・介護・福祉事業所、行政で構成し、認知症について「知る」「考える」「つながる」「行動する」を目指す。今年11月末時点で104社・団体が登録。取り組みの一つとして、企業は「オレンジ人材バンク」に登録した認知症の当事者とともに商品開発する。

ここで生まれた製品類を福岡市認知症フレンドリーセンターに展示中。今回の記事で取り上げたガスコンロのほか、ガーデニング用品、靴下、介助用チェアなどに実際に触れることができる。

福岡市認知症フレンドリーセンター

住所:福岡市中央区舞鶴2-5-1(あいれふ2階)
電話: 092-791-9115
開所時間:10:00~18:00
休:日・月曜、祝日、年末年始

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この記事を書いた人

脳活、運動、食事、睡眠、社会参加、脳トレなどの普及・啓発活動による健康寿命の延伸・認知症予防の実現を目指す「脳活新聞」

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