認知症対策が新たなステップへ。「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が6月に公布されました。国や地方自治体が一体となって、認知症患者との共生社会づくりや認知症予防のための施策を策定・実施していきます。基本理念の一つに予防、治療、介護、環境などの研究推進を掲げる同法の下、大学・医療機関はどういった役割を担うのでしょうか。認知症に向き合ってきた久留米大医学部の小路純央教授は「ネガティブイメージの払拭」を重要課題に挙げます。従来そして今後の取り組みとともに、健康寿命の延伸に欠かせない早期発見のポイントなどを富永博嗣脳活新聞編集長が聞きました。
話を伺ったのは?
久留米大医学部 高次脳疾患研究所
教授 小路純央氏
医学博士。1966年生まれ、大分県中津市出身。久留米大医学部卒、同大学院医学研究科博士課程修了。米・オレゴン健康科学大留学(96~98年)。久留米大医学部 神経精神医学講座助手、講師、准教授、同大高次脳疾患研究所准教授を経て現職。福岡県認知症医療センター事務局(2011年~)、福岡県認知症施策推進会議 委員等も兼務
目次
「認知症基本法」公布、理解推進や支援充実へ
―6月に「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が公布されました。どのような法でしょうか。
「共生社会の実現を推進するための」とあるように、たとえ認知症になられたとしても、その人格と個性を尊重しつつ、個性と能力を十分に発揮できるような社会を実現しましょうというのが目的です。共生のために国や地方が一体となって総合的、計画的に取り組むことになります。
具体的には認知症に対する理解の推進、バリアフリー化、認知症の人が社会参加できる機会づくりや意思決定の支援、各種サービスの充実などです。施策の計画に認知症のご本人や家族、介護者さんらなどの意見も取り入れられます。
―内閣府のデータでは2020年時点で65歳以上の認知症患者数は約600万人、有病率は約17%です。高齢者率の上昇に伴い、今後も増えそうです。
同じデータで12年には患者数462万人、65歳以上の有病率は15%で7人に1人でした。これが団塊の世代が後期高齢者に入る25年には患者数700万人、5人に1人になると考えられています。2年後ですから目の前です。60年には、有病率が上昇した場合は3人に1人、率が一定の場合でも4人に1人になるというのが国の将来推計です。
―こうした状況の中で認知症基本法ができました。法の基本理念や基本的施策に「研究の推進」などが掲げられていますが大学の役割についてどう受け止めていますか。
研究や予防に努めるのが私たちの役割の一つ。さらに個人的には「認知症になると大変だ」とか「認知症になるのが怖い」というネガティブな印象を持つ人が少なくない状況の“バリアフリー化”もテーマかなと考えています。つまり、認知症をよく知ることで過度に恐れないことが重要と考え、皆さんの意識を変えていくのも大きな役割ではないかと思います。
「認知症=全てダメ」ではない
―確かに「認知症になると全てがダメになる」というイメージはあります。実際には進行度も個々で違い、社会参加が可能な人もいますね。
認知症と診断されると、本人も家族も絶望的に感じてしまうかもしれません。しかし、認知症の約6割を占めるとされるアルツハイマー病など、多くはゆっくりと進行する疾患ですので、早期の段階では「できること」がたくさんあります。そうした理解を深めていくことで、より前進できる世の中になれば。大切なのは「できないこと」に目を向けるのではなく、「できること」に着目し、そこをいかに維持したり、伸ばしたりするかです。
―認知症に対するネガティブなイメージは早期発見の妨げにもなりますね。自分が認知症かもしれないと診察を受けるのは勇気が必要です。
認知障害や認知症が軽度の場合、今までの自分と違う何かを感じていても、認知症と診断されることへの不安や受診へのためらいがありますし、家族など周囲の方々にも「まさか」と否定したい感情があるでしょう。ですが、脳が萎縮して認知症と診断されるまでにもある程度の時間がありますから、いかに早期発見、早期対応するかが本当に大事です。体の健康診断があるように、頭の健康診断があってもいいくらいです。
―例えば久留米大は久留米市と連携して認知症対策の活動をされています。“地域イベント”のような形で認知症テストなどを実施してもらうと、病院へ診察に行くよりも心理的なハードルが下がります。
久留米大では地域に出向く「ものわすれ予防検診」を開催し、久留米市でも「認知症予防講座」などを開いています。地域包括支援センターも一緒に取り組んでいるので、受診にこぎ着けていない人が地域包括支援センターのスタッフと一緒に来て、検診を受けられるようになっています。地域包括支援センターと一緒に行うことで介護予防にもつながりやすくなります。さらに、多くの自治体には認知症の方だけでなく家族や地域の人が気軽に集まることができる認知症カフェもあります。
―こうした各地の活動を後押しする施策が期待されます。
認知症自体の対策にとどまらず、認知症にならないための1次予防、2次予防としての早期発見・早期治療、そして重症化させないための3次予防が大事です。
75歳での女性の有病率は約14%ですから、認知症になっていない人が多いですよね。75歳以上の総人口のうち要介護認定を受けている割合は31.5%ですので、約70%の人は元気である可能性があるわけです。まずは、こうした元気な高齢者の比率をいかに上げるか。さらに、本当に安心して暮らせる社会を作るためには、認知症になっても早い段階でのケア、重症化しても支援できる状況をあらかじめ準備することが必要です。
早期発見・治療で回復も。フレイルを見過ごさずに
―認知症の前段階の「フレイル」の時点で変化に気付くのが大事ではないかと思いますが。
そうですね。フレイルの語源は「Frailty(フレイルティ)」で、日本語では「虚弱」が最も該当します。この段階では健康な状態に復せる可能性が十分にあります。
フレイルであるか否かは運動機能の低下や筋肉量の減少といった身体面のほか、うつや認知機能低下、孤立や孤独など総合的な視点で見る必要があります。例えば「非常に転びやすくなった」「外出の回数が減った」「おいしいものが食べられなくなった」など、以前とどう変化したかがポイント。本人が気付かない場合もあるので、周囲の人の気付きも大事です。
健康長寿ネット フレイルの診断 →https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/frailty/shindan.html
―家族など周囲の人は、どのような点に注意すべきですか。
受診のきっかけで最も多いのは家族の気付きで、主に記憶障害です。「同じことを何度も言う、聞く」「置き忘れやしまい忘れが目立つ」「蛇口やガスの元栓をよく閉め忘れる」「時間や場所、日付が分からない」などが多いです。「ささいな事で怒りっぽくなった」「周りへの気遣いがなくなり、極めて頑固になった」など、さまざまな変化もあります。
視力や聴力が落ちてくると、うまくコミュニケーションが取れなくなってきます。「うん、うん」とうなずいていても実は理解できていないケースもあります。
―自己チェックできるリストなどはありますか。
フレイルチェックがあります。日本版では3項目に当てはまるとフレイル、1〜2項目でプレフレイルと見ています。プレフレイルは、フレイルに入り始めているので要注意という状態です。
ほかにも「認知症の人と家族の会」が作った認知症の早期発見の目安などがインターネット上でも掲載されていますし、リストを配布している病院もあります。私たちが監修した脳活新聞サイトの「認知症チェックリスト」も気付きの指標です。気になる症状があれば、早めに医師に相談してください。
―早く気付いて早く対策を取ることで、回復の可能性も高まります。
そうです。予防のためにも生活習慣病対策が重要ですから食事に気を付ける必要がありますし、運動も大事です。国が推奨する「コグニサイズ」という運動をしながら脳の活性化を目指すプログラムもあります。さまざまな脳トレ問題で頭もしっかり使いましょう。
また、予防や改善の柱として栄養、活動、加えて社会参加も挙げられます。私たちも元気なお年寄りに、楽しみや役割を持って社会に参加していただくよう勧めていきたいと考えています。社会貢献や社会的な使命は生きがいになると思います。地域包括ケアの中に「生きがいづくり」も必要でしょう。
―注目度が高まる「ウェルビーイング」という概念でも、健康とは身体的、精神的、そして社会的に満たされた状態とされています。
社会のために、そして自己研鑽(けんさん)のために、自分の価値観を深める意欲は「高齢者のウェルビーイング」につながると思います。食事、運動、睡眠、社会参加、脳トレ。こうしたことをきちんとして、健康寿命の延伸を実現しましょう。