【医学博士インタビュー】1日40分の運動を習慣化して健康寿命を延ばそう

コロナ禍で外出を控えるなどして運動習慣が途切れ、そのままになっている人が少なくないといいます。久留米大人間健康学部長でスポーツ医科学科教授の吉田典子氏は「運動不足は生活習慣病をはじめ、心筋梗塞や脳卒中などにも関わります。健康維持、死亡リスクを下げるために毎日運動する習慣をつけましょう」と話します。続けるコツなども聞きました。

話を伺ったのは?

久留米大学 人間健康学部 学部長
教授 吉田典子氏

「 生涯を通じて体を動かすことで、健やかな強い体を維持しましょう」と吉田典子教授

1959年生まれ。84年久留米大医学部卒、同年同大医学部内科第三講座助手。93年医学博士、同年スウェーデン・イエーテボリ大に留学し95年に帰学。96年久留米大医学部付属病院リハビリテーション部、翌年同大健康・スポーツ科学センター講師、医学部内科学講座心臓・血管内科勤務。2009年同大健康・スポーツ科学センター教授、16年同大保健管理センター長、17年人間健康学部スポーツ医科学科教授、20年現職。

目次

動脈硬化をストップ! 運動は多面的な“治療”

「要介護にならないために、運動は多面的で有効な治療です」

―吉田先生が学部長をされている、久留米大の人間健康学部とは?

「全ての年代の健康を支援し、地域貢献できる実践的な人材を育成する」理念を掲げて2017年に新設した学部で、総合子ども学科とスポーツ医科学科を擁しています。少子高齢社会を迎え、より手厚い保育・幼児教育を主導する人材が求められていること、また、健康長寿延伸の実現には運動(身体活動)が大変重要であることから、このような時代のニーズに応える人材を育成する学部です。
両学科とも専門知識を学び、実践力をつけるためには医学的な基礎知識が必要です。医学部がある本学の強みを生かした「文医融合の学び」として、多くの教科を医学部の先生方にもお願いしています。

実は運動については、まだ医療と十分連携できていないのが現状。診療には「栄養指導」はあって診療報酬も決まっていますが、「運動指導(処方)」は十分とは言えずスペシャリストも少ない。その点を進めていきたい考えです。

―きょうは、その運動と健康について伺います。

健康寿命延伸の観点から要介護の原因を見ると、1位.認知症、2位.脳血管疾患、3位.高齢によるフレイル(虚弱)、4位.骨折・転倒、5位.関節疾患、6位.心臓疾患です(2016 年厚生労働省「国民生活基礎調査」)。

この1 、2、6位の主な原因となる動脈硬化に深く関わっている生活習慣病の予防や改善に、運動が有効です。また運動で基礎体力を維持し、筋力や関節の可動域を高めておくことは、フレイルによる転倒や骨折の予防にも有効です。

―運動がどう作用するのでしょうか。

動脈硬化は血管の老化であり、慢性の炎症。加齢で進行し、誰もが避けられません。しかし、運動習慣はこのような老化や病気の一因となる体内の活性酸素を除去する抗酸化物質を作り出します。
また、有酸素運動は血管内で血液が固まらないよう作用し(抗血栓作用)、抗炎症作用も期待できます。さらに、運動すると血管から一酸化窒素を多く産出し、これが血管を広げます。運動はこれらの全ての作用により、総じて動脈硬化の進行を遅らせると考えられています。

―ほかに特筆すべき運動の効果は。

動脈硬化の進行を遅らせることで、男女ともに運動習慣がある人はそうでない人に比べて心疾患、脳血管疾患の発症や死亡リスクが低下します。さらに、がんや総死亡のリスクも低下することが国内外の多くの疫学研究で明らかになっています。
また、精神面ではうつの予防効果やQOL(クオリティーオブライフ)の改善にも有効とされます。このように、運動は心身にさまざまな良い効果をもたらし、多面的に作用する治療とも言われています。

高齢者は1週間に10メッツ・時が目標。座位時間が長くならないよう注意を

―運動量の目安はありますか。

心臓病になるリスクと運動の関係の報告では、1週間の運動量が1000㌔㌍未満の人とそれ以上の人で心臓病になるリスクに差が出ています。1時間の散歩が約200㌔㌍の消費なので、週に5日は1時間の散歩をするといいですね。

■METs(メッツ)
安静に座っている状態を1メッツとし、さまざまな活動がその何倍のエネルギーを消費するかを示した活動強度の指標

また、安静座位(何もせずゆったり座っている状態)を1METs(メッツ)として身体活動の強度を表します。普通に歩くと3〜4メッツ、速歩で4〜5メッツという具合です。身体活動量は例えばゆっくり2時間歩くと6メッツ・時と考えてください。身体活動量は多いほど病気の予防や死亡リスク低下に効果があるとされます。

厚生労働省  健康づくりのための身体活動指針(アクティブガイド)
2r9852000002xpr1.pdf (mhlw.go.jp)

厚生労働省が推奨する運動のガイドラインには高齢者は「週に10メッツ・時を目指そう」という基準があります。どんな動きでもいいので毎日40分程度、体を動かそうという目標です。

―1週間に10メッツ・時はクリアできそうな気がします。

そこで注意したいのが、座位時間が長いほど死亡率が上がるというデータがある点です。いくら週末に運動をしても、平日にずっと座りっぱなしでは良くないという報告は驚きです。この結果を受けて、立位用の業務机なども出てきました。長時間デスクワークをする人は、途中で立って体操するなど、気を付けましょう。

趣味や生活習慣に、運動を上手に取り入れる

「趣味や生活習慣に運動を取り入れましょう。階段があったらラッキーと思って」

―ダンスなども有効ですか。

エアロビクスの初〜中級クラスだと、大体歩くのと同程度で強度は3〜4メッツ。体を動かす趣味を楽しむのはおすすめです。
また、運動を1時間続けた場合と10分や15分ずつに分けた場合で効果は変わらないので、1日に少しずつ運動しても構いません。毎日、長続きさせるのが大事ですが、習慣化は案外難しく、現在、運動習慣がある日本人女性は全体の25%、男性は33%程度なんですよ。

―長続きのコツがあれば。

朝の散歩など、生活サイクルに取り入れるといいようです。ご近所や家族など仲間と誘い合わせるのも手。「きょうは行きたくないな」と思っても一緒に行く人がいれば続けられます。そういった意味では犬の散歩もおすすめで、犬を飼っている人は長寿という報告もあります。

あとは、つま先立ちで家事や歯磨きをする、テレビを見ながら腕を回すなど〝ながら〞ストレッチや自重を利用した筋肉トレーニングを取り入れて。就寝前にあおむけでお尻を上げる動作も有効。加齢によって筋肉量は1年間に約1%減少すると言われています。特に高齢の方ほど筋トレを推奨します。

―生活の中での積み重ねを意識するとよいのですね。

膝などに痛みがなければ、電車では座らない、職場のトイレは別の階に行く、階段を見つけたら「運動ができてラッキー」と思いましょう(笑)。

―コロナ禍で運動習慣が途切れた人もいます。

外に出ないことで体力が衰え、フレイルが進んだ方も多く心配です。筋肉量を維持するためにも運動と合わせ、食事で十分にタンパク質を摂取しましょう。特に高齢者は、メニューが野菜や炭水化物に偏りがち。体重1㌔当たり約1㌘のタンパク質摂取が目安なので、体重60㌔の人なら1日に60㌘。水分や不可食部分があるので、その3〜4倍の量、1日に約200㌘程度の肉や魚を食べると良いことになります。

私たち人間は「動物」です。生涯を通じて体を動かすことで、健やかな強い体を維持していただきたいと思います。

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脳活、運動、食事、睡眠、社会参加、脳トレなどの普及・啓発活動による健康寿命の延伸・認知症予防の実現を目指す「脳活新聞」

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