【医学博士インタビュー】聞こえ、においの衰えは放置せず早めの受診を

認知機能と深く関係しているという「聴力」や「嗅覚」。久留米大医学部、耳鼻咽喉科・頭頸(とうけい)部外科学講座 主任教授の梅野博仁氏は「加齢による嗅覚の衰えは早期には改善できる場合があり、リハビリテーション療法や研究が進んでいます。また、認知症の改善可能な危険因子のうち難聴は大変重要です」と話します。日常の注意点なども聞きました。

話を伺ったのは?

久留米大医学部 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座 主任
教授 梅野博仁氏

「難聴は認知機能の低下を招くリスク因子なので適切な補聴器装用を」と梅野博仁教授

 久留米大医学部 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座 主任教授、同大学病院副院長。1963年生まれ。88年久留米大医学部卒、93年公立八女総合病院耳鼻咽喉科医長、94年九州がんセンター頭頸科、95年聖マリア病院耳鼻咽喉科、98年久留米大医学部耳鼻咽喉科学講座講師、2003年米国エール大耳鼻咽喉科客員助教授、04年久留米大医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座 助教授、07年同准教授、14年同教授、22年同大学病院副院長

目次

聴力低下が招く?! 認知症や抑うつ

―まずは耳鼻咽喉科について基本的な知識を。

耳鼻咽喉科は、脳と目を除く肺から上の器官が診療の範囲で、12番まである脳神経(嗅神経、視神経、動眼神経、滑車神経、三叉神経、外転神経、顔面神経、内耳神経、舌咽神経、迷走神経、副神経、舌下神経)全てを扱うので、脳との関わりは深く、大変幅が広いんですよ。聴覚、嗅覚、味覚、平衡感覚などや摂食嚥下(えんげ) 、音声言語といった機能も診療します。

―今回は、聴覚と嗅覚、それらと認知機能との関係などを伺います。まずは聴覚について。

結論から言うと、難聴があると認知機能が著しく低下すると分かっています。また、他者とのコミュニケーションが取りづらくなり、抑うつなど社会的な孤立が強まる場合があります。
ただし、きちんと調整した補聴器を装用すると良好な認知機能を保てると、多くの国で研究・報告されています。

―自分の聴覚低下に気付くポイントはありますか。

加齢性難聴は、自分で気付くよりも家族など周囲の人に指摘されるケースが多いです。テレビの音を大きくする、話しかけに分かったふりをするなどです。
ただ、高齢者には、「耳垢栓塞(じこうせんそく)」と言って大きな耳栓のような耳あかが詰まっている場合もあり、医師が耳あかを除くと急によく聞こえるようになりますから、聞こえが悪くなったら、まず耳鼻咽喉科で診察しましょう。
難聴の原因には神経性や中耳炎なども挙げられます。中耳炎には真珠腫性といって腫瘍ができるケース、鼓膜の奥にある鼓室に水がたまる滲出(しんしゅつ)性、鼓膜に穴が開いている状態もあり、そのような場合は手術などで治療が必要です。

適正な補聴器装用で認知機能を保つ

「補聴器相談医のいる診療所で診断を受けると、より適切な補聴器利用が可能になります」

―補聴器装用について注意すべき点は。

認定補聴器技能者がいる店舗で、各人の聴力に合わせて調整をした補聴器を購入しましょう。日本は、補聴器使用の満足度が先進国の中で最も低いという調査結果があり、それは診察や適切な販売店を介さず、いい加減に販売されている補聴器や音声拡張器を使う人が多いのが原因の一つです。

私も資格を持っている補聴器相談医という制度があります。相談医による聴力検査を受け、補聴器が治療に必要という診療情報提供書を持って認定技能者がいる補聴器専門店に行く。そうすると収入に応じて医療費控除の対象となる場合があります。各県の補聴器相談医と診療所はインターネット上に記載されています。

補聴器相談医とは
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が規定した講習を履修した耳鼻咽喉科専門医が、耳の状態を診察し聴力検査を行い、難聴の種類を診断。症状に対応して、機能、価格など適切な補聴器利用ができるようにする。治せる難聴に対しては治療する。
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会補聴器相談医 
補聴器相談医名簿:一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 (jibika.or.jp)

―聞こえの衰えを日頃から予防するには?

最近、ヘッドホンやイヤホンで音楽を聴く人が増えていますが、大きな音で長時間聴くと内耳の有毛細胞がダメージを受けて難聴になるリスクが高まります。あまり長く聴かず、聴いたら少し耳を休めましょう。コンサートなどスピーカー近くでの音響外傷にも注意を。酸化ストレス、過度の飲酒、睡眠不足、鉄欠乏性貧血も気を付けて。

―ほかに注意点がありますか。

難聴とは違いますが、自分での耳掃除は推奨しません。多くの人は自浄作用で自然と出てくるからです。耳かきや綿棒など硬い部分で強くこすると外耳を傷つけ、炎症を起こします。耳の中は湿度も温度も高いので細菌が繁殖しやすく、炎症の慢性化は外耳道がんのリスクもあります。小児などは、動いて鼓膜を突き破ったり耳小骨を骨折したりする危険もあるので、耳かきはしないほうがよいのです。

嗅覚リハビリテーションは認知機能に効果も

―次に嗅覚と脳の関係について伺います。

鼻の奥に、においを感じる粘膜の嗅上皮があり、そこの嗅神経細胞が電気信号を発し、嗅神経、嗅球を経てにおいが脳に伝わります。
嗅覚は特に記憶と綿密につながっています。記憶は脳の海馬という場所で保存され、その近くに扁桃(へんとう)体もあり、人間の喜怒哀楽と関わる大事な部分。だから、においの記憶は、その時の感情と一緒に思い出されることが多いのです。

―嗅覚障害とは。

においを感じにくくなる症状です。鼻に慢性の炎症(副鼻腔炎)やアレルギー症状、腫瘍がある場合のほか、60歳以降は徐々に嗅覚が落ちてきます。65歳から80歳の高齢者のおよそ60%は嗅覚障害を伴っているというデータもあります。
高齢者に多いアルツハイマー型の認知症やパーキンソン病は、初期症状として嗅覚障害が出ることが分かっています。

―認知症の検査では嗅覚も取り入れられていますね。

バラの花の香りの嗅覚検査が認知症を早期に検出するのに有用とする研究があります。バラの香りを嗅ぐトレーニングでは、認知機能の低下を防ぐ効果があると報告されています。
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が提唱するリハビリテーション治療(嗅覚刺激療法)もあります。嗅神経細胞自体は再生しますので、刺激療法は非常に大事。最近の研究では、海馬の神経も再生すると分かっています。ドイツで2021年に発表された研究で、においを嗅ぐトレーニングが高齢者の認知機能低下を防ぐ効果があったという報告もあります。

―それにしても、嗅覚の低下は自分で気付きにくいのでは。

においがしないと食欲が落ち、痩せる場合があります。新型コロナウイルス感染の嗅覚障害が残っている場合もあるので、気になったら専門医で検査を。

―嚥下については別の機会に伺いたいと思います。

最近、大変注目されている機能です。メカニズムや誤嚥(ごえん)予防体操なども紹介しますね。

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