長寿国、日本。2050年には男性の平均寿命が84歳、女性は90歳を超えると予測される。そんな中、自立して自分らしく日常生活を送る「健康寿命」をいかに延ばすかは、個人や社会にとって大きなテーマ。「脳活新聞」シリーズでは、中でも関心の高い脳の健康を中心に、さまざまな話題を取り上げている。
4月には脳活新聞の公式サイト上に、認知機能の自己チェックができるページを開設した。監修にあたった久留米大の精神科医で医学博士、同大高次脳疾患研究所の小路純央教授は「認知症の気付きには、いくつかサインがあります。チェックを糸口に早期発見や早期治療、予防につなげたい」と話す。
目次
「もしかして?」が認知症チェックのタイミング
―4月17日にリニューアルする脳活新聞の公式サイト上のセルフチェックリスト「認知症チェック」を、久留米大高次脳疾患研究所の皆さんが監修してくださっています。 ※現在リニューアル公開済み
小路純央氏(以下小路) 久留米大学病院での認知症の受診の際に使用しているチェックリストなどを参照しています。一番多い項目は記憶に関して、そのほかは日常生活での行動、精神的な症状、睡眠など。25項目を予定しています。
―なぜチェックが必要なのでしょうか。
小路 認知症は、その発症に大きくかかわるとされる生活習慣病などの予防とともに、できるだけ早期発見し、早期治療につなげるのが大事だからです。それなのに、本人は気付いていなかったり、少しおかしいなと感じても不安があったりで、受診が遅れるケースが多い。チェックリストは決して認知症の診断というわけではなく、本人やご家族がその症状に気付く目安として活用していただければと思います。
ためらいがあるときなど、少しでも参考になるチェックが気軽にできるといいですよね。ご家族が本人に代わって確認されるのにも便利です。
―推奨するタイミングや頻度はありますか。
小路 生活の中で「あれ、もしかして(認知症)?」と感じた時がタイミング。ご家族が気付かれた場合も同じです。頻度については、あまり頻繁にするのではなく、3カ月や半年に1度、特に問題がなければ1年に1度でもよいと思います。
―「もしかして?」の具体的な行動とは。
小路 例えば、何度も同じことを言ったり尋ねたりするとか、日付や時間、場所が分からなくなったなどです。今までできていたことができなくなったり、しなくなったり。認知症とは、正常だった知能がアルツハイマー病や脳血管障害などの要因で低下し、日常生活や社会生活に支障をきたす疾患なので、日常生活に変化が出てきたら注意が必要です。(前ページ表)
聞こえや嗅覚、料理の味が変わったら注意
― 老化によるもの忘れと認知機能低下によるもの忘れの違いは。
佐藤守氏(以下佐藤) 加齢によるもの忘れは「健忘症」ともいい、誰にでも起こり得るもので、ほとんどの場合で自覚症状があります。記憶が部分的に抜け落ちることがあるものの、記憶自体はつながっていてヒントがあれば思い出せます。
それに対して認知症は、体験自体を全て忘れてしまい日常生活に支障が出てきますが、本人に自覚がないことも多いです。本人は困っていなくても周囲の方が困るケースが多く、周りの方が先に気付きます。
―一般的にあまり認識されておらず、気を付けたいチェックポイントがあれば。
佐藤 一つには聴覚があります。2017年や2020年に英国の学術誌で発表された認知症の大きなリスク要因の一つに「難聴」が挙がっています。また、老人性難聴の人を調べると、記憶にかかわる側頭葉の萎縮が目立っていたという結果もあり、難聴と認知症は少なからず関係性があるといえます。
これは聴覚の伝導路にアルツハイマー病理とされる異常たんぱく質「アミロイドβ」などが蓄積するため。ほかに、聴覚的な刺激が遮断されて脳への刺激が減るからという仮説もあります。聞こえが悪くなったと感じたら早めに耳鼻科を受診して、補聴器を使うなど対処することで、認知症のリスク軽減が可能と報告されています。
児玉英也氏(以下児玉) 嗅覚も大事なサインです。嗅覚障害と認知症の関連性についても多く研究されています。臭いの感じ方が悪くなったら黄色信号なのですが、嗅覚は自覚症状を持ちにくいのが特徴。そこで久留米市と久留米大で実施している「ものわすれ予防検診」には、嗅覚のテストも組み入れています。
― 気付きのサインはありますか。
児玉 聴覚は本人の話し声が大きくなったり、呼び掛けへの反応が鈍くなったりと、周囲の人が先に気付く場合が多いです。一方、嗅覚は周囲の人は分かりにくく発見が遅れがちに。ただ、味覚との関連性が高いのでご飯がおいしく感じなくなるなどの変化もあります。物の腐敗臭やガスの臭いが分からなくなると危険でもありますので、注意したいですね。
―チェックリストの使い方のアドバイスを。
中野慎也氏(以下中野) 本人と家族、できれば両方でチェックするのをおすすめします。両者では結果が違う場合もあるでしょうし、結果に一喜一憂せず、あくまでも目安に。結果がよくなくても落ち込んだりせず、お互いが現状を理解するというスタンスで試してください。
仮に能力が落ちているなと感じても、特にご家族は「なんでできなくなったの」とか「ちゃんと家事やってないじゃないか」などと批判したり、レッテルを貼ったりしないよう気を付けて。お互いに理解し合うための足がかりと捉えてもらえればいいですね。
怒りっぽいのは元々の性格のせい?
―家族など周囲の見守りも大事ですね。
吉村絵美氏(以下吉村) 小銭の計算ができなくなり、お札だけで払ってしまうなどの行動は、家族が財布の中を時々確認すると分かります。同じ物ばかり買って冷蔵庫に入れている、食卓に同じメニューばかり出てくるといった行動も日々の中で気付きやすい。料理の味があきらかに変わる場合もあります。
中野 料理は買い物のほか、メニューを考え効率よく段取りして調理するなど、かなり多くの能力を必要とします。それに嗅覚障害があれば、いい味が再現できません。記憶や実行機能、嗅覚、視覚…料理は能力低下が現れやすいので、注意して観察しておきたいですね。
― 認知症になると性格や人柄が変わりますか。
児玉 例えば怒りっぽくなることがありますが、元の性格が出てくるわけではありません。病気が原因で怒りや興奮を抑えるといった感情のコントロールが難しい局面が時として起こります。そんな時は、周囲の人は時間をおいて、本人の気持ちが収まってから話しかけましょう。ただし、物を壊すなど暴力行為が多くなるようでしたら、早めの受診を。
逆に元気がなくなり、ふさぎ込む場合もあります。原因には認知症やうつ病などが考えられますので、様子がおかしいと感じたら受診をおすすめします。
吉村 チェックリストでも、不安や抑うつでチェックがつく場合があります。チェック項目を見て一つでも気になる箇所があったら、それがかかりつけ医への相談や家族との対話の糸口になるのではないでしょうか。
脳トレを趣味にしよう
― 皆さんは、脳活新聞の脳トレ問題にも提案をくださっています。
中野 知的活動は、運動と同じで続けることでより効果が期待できます。ぜひ趣味にしてほしいですね。楽しみが増えますし、これを話題に誰かと話すなど人との交流をするとさらにいいと思います。
佐藤 知的活動が活発な人は、認知症になりにくいという研究結果が出ています。また、計算や視空間認知を見るシルエットクイズなどは生活に直結する能力を確認できる問題ですので、日頃から衰えないようトライしてほしいです。
中野 運動しながら知的活動をするのは、さらによいとされていますね。
小路 人と競うなどゲーム的な要素もいいようです。いずれにせよ、その人に合った脳刺激がありますから、いろんなことに関心を持ち、好きなことを見つけて楽しく続けることを心掛けたいものです。