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久留米大学 内村 直尚学長に聞きました
脳の病気や障害で認知機能が低下し、生活に支障をきたす認知症を患う人が増える中、脳を活性化する活動や行動、習慣を指す「脳活」が今、注目されている。しのび寄る認知症を予防し、進行を遅らせる効果が期待されているからだ。
精神科医で久留米大学の内村直尚学長(日本睡眠学会理事長)は「脳活は認知症の効果的な予防法で、健康寿命延伸にも重要」と語る。内村学長に、認知症はどんな病気で、その予防や進行防止には「脳活」を含め何が大切なのか、そして認知症予防と不眠や睡眠不足など睡眠の関係など研究の最前線を聞いた。
4年後は高齢者の5人に1人が認知症?
そもそも認知症はどんな病気でしょうか?
いったん正常に発達した知的機能が、脳の病気や障害で低下し、日常生活に支障をきたす状態を言います。代表的な症状として記憶障害がありますが、「体験や約束の一部」ではなく「体験や約束そのもの」を忘れるなど加齢による物忘れとは異なります。
認知症の4つの種類とは?
まず全体の6割を占めるのが「アルツハイマー病」です。脳神経細胞が変性し脳の一部が萎縮していく過程で起き、ゆっくり進行します。
続いて多いのは、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害による「血管性認知症」です。脳血管障害の再発のたびに進行します。
その他、手の震えや歩行障害が現れる「レビー小体型認知症」、人格変化なども起きる「前頭側頭型認知症」もあります。
今、患者の数はどのくらいですか?
昨年(2020年)時点で日本の65歳以上の認知症の人の数は約600万人と推計され、4年後の2025年には約700万人になると予測されています。実に高齢者の5人に1人が認知症になる推計です。
生活習慣病予防と脳活で脳を健康に
最近、アルツハイマー病の新薬開発がニュースになりました。認知症の治療は可能でしょうか?
日本の製薬大手エーザイと米国の製薬会社が、脳にたまった異常タンパク質「アミロイドβ」を取り除き、神経細胞が崩れるのを防ぐ新薬を開発し、米食品医薬局に承認されました。
アルツハイマー病の原因は解明されていませんが、脳内へのβの蓄積、そして神経細胞の減少が見られます。これまでの薬が症状の緩和など対症療法にとどまっていたのを考えると、画期的な新薬といえます。ただ効果があるのは初期症状の人に限られること、薬価が高額なことから、恩恵を受ける人は、現状では限られそうです。
新薬の今後には期待したいですが、現状では4種類の認知症を完全に治す治療法はなく、治療は適切なケアで進行を遅らせることに主眼を置いています。40歳を過ぎたら認知機能に気を配り、早期発見につなげることも大切です。
予防には何が有効ですか?最近、注目されている「脳活」は?
予防には、何より生活習慣病の治療や予防が大切です。高血圧や糖尿病、肥満などの生活習慣病は脳血管障害による血管性認知症になりやすいだけでなく、脳内へのβ蓄積にもつながりアルツハイマー病になりやすいと報告されています。
ですから認知症の予防にも生活習慣病の予防と同じく、適度な運動、バランスのよい食事、良好な睡眠が大切です。
そして「脳活」と言われる認知トレーニングも効果があります。脳を活性化し、脳の血流を増加させるからで、パズルや計算ドリルなどのほか、囲碁や将棋、麻雀などのゲーム、さらに折り紙や工作などの作業にも効果が認められます。
あと、笑うことや周囲の人と会話すること、歯の健康に留意して食事をよく噛んで食べることも脳によい刺激を与えます。
良質な睡眠が鍵 長くても注意
先生のご専門の睡眠と認知症予防についてはいかがでしょうか?
睡眠時間と認知症の発症リスクについて「久山町研究」(福岡県久山町の住民を対象に50年以上継続されている疫学調査)に実に興味深いデータがあります。2020年から、60歳以上の住民1517人を10年間追跡調査した結果、認知症の発症リスクは睡眠時間が5〜6.9時間の人たちに比べ、5 時間未満は2.64倍、10時間以上では2.23倍だったという結果です。
つまり60歳以上の人の睡眠時間は5〜7時間がベストで、短くても長くてもよくない。これは認知症に限らず高血圧、糖尿病、うつ病の発症にも当てはまります。また30分以内の食後の昼寝も、目覚めた後の午後の活動量を上げて、夜の深い良質な睡眠につながります。
短時間の昼寝に認知症予防効果があるというデータも示されています。
認知症を予防し健康寿命を伸ばすために、どんな生活が理想ですか?
ぐっすり寝てスッキリ目覚める― これは人にとって大きな幸せです。良質な睡眠はストレスを軽減し、脳をリフレッシュさせて認知症の予防をはじめ、健康の維持や生活の質の向上、健康寿命の延伸につながります。
さらに脳活で脳のパフォーマンスを上げれば、楽しみや目標を持っていきいきと暮らすことが可能です。運動、食事、睡眠を大事にしたメリハリある生活をお薦めします。
脳活memo 早期発見、対応も重要
アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβの脳内蓄積は40 歳くらいから始まります。アミロイドPET検査という専門検査もありますが現状では大変高額です。
早期発見のため、以前よりもの忘れが増えている、もの忘れの程度が同年齢の人に比べ強いと感じたら、念のため専門医の受診を。また、久留米大学高次脳疾患研究所など大学の機関や自治体が開催している「もの忘れ予防検診」の受診も有効です。
久留米大学 学長
内村 直尚 氏
うちむら・なおひさ 医学博士。1956 年生まれ、福岡県久留米市出身。福岡県立明善高校―久留米大学医学部―久留米大学大学院医学研究科。米・オレゴン健康科学大学に留学(87~89年)し、久留米大学医学部神経精神医学講座助手、講師、助教授を経て2007年同大学教授に就任。同大学病院副病院長(11~13 年)、同大学高次脳疾患研究所長(12 ~21年)、同大学医学部長・理事・評議員(13 ~19 年)、同大学副学長(16 ~19 年)、20 年同大学長に就任。