漢方薬の効果とは…シニアにお薦めの漢方薬を専門医が解説

「生薬」と呼ばれる天然由来の成分を足して作られるのが漢方薬。自然治癒力を引き出し、体質や体のバランスを整える働きが期待されます。副作用のリスクが低いのもメリットです。久留米大医療センターの病院長で、同センターの先進漢方治療センターを率いる医学博士・惠紙(えがみ)英昭氏は、自身の服用体験を基に「不思議な面白い作用がたくさんある」と語ります。30年以上も漢方を研究してきたエキスパートに、認知症やその予防など、シニアに有効な漢方薬を挙げてもらいました。
※西日本新聞TNC文化サークル久留米教室の講座「脳活健康大学」を採録し、抜粋・構成

話を伺ったのは?

久留米大医療センター病院長・久留米大医学部精神神経医学講座教授
惠紙英昭氏

久留米大医療センター病院長、同センター先進漢方治療センター教授惠紙英昭氏

久留米大医学部精神神経医学講座教授。久留米大医療センター病院長、同センター先進漢方治療センター教授。1987年、久留米大医学部を卒業。同大病院、大牟田労災病院、大牟田市立病院などを経て2023年から現職。18年には同センターに「フクロウ外来」を開設し、夜型の体質に悩む子どもたちを漢方治療でサポートしている。日本精神神経学会、日本東洋医学会、日本臨床精神神経薬理学会、日本総合病院精神医学会でいずれも専門医および指導医。

目次

3千年以上の歴史 生薬には薬理作用

西洋医学では研究や統計などによるエビデンス(科学的根拠)を基にした薬を使い、漢方薬を「エビデンスがない」と言う人もいます。しかし、漢方薬は中国で3千年以上前から存在し、効いているから現在まで残っているのです。この事実こそエビデンスと言えるでしょう。

漢方薬は2種類以上の生薬を足したものです。生薬にはそれぞれの役割や働きがあり、その薬理作用と患者の病態を考えて組み合わせます。例えば滋養強壮に効果がある高麗人参(こうらいにんじん)は体を温めますし、水分を体にため込む作用もあるため血圧が上がります。つまり加減が必要なのです。また、高麗人参にはいろいろな種類があり、微妙に作用が違うことにも注意する必要があります。

「脳活健康大学」の講座風景

まずは当帰芍薬散 抑肝散は不眠にも

さて、認知症対策など高齢者に有効な漢方薬として、まず挙げたいのは当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)です。これは婦人科で更年期の治療によく使う薬で、芍薬(しゃくやく)、蒼朮(そうじゅつ)、沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)、川芎(せんきゅう)、当帰(とうき)が入っています。冷え症、むくみ、耳鳴りがある人は保険が適用されます。更年期症候群にも使えます。

当帰芍薬散は神経細胞の間で情報を伝達するアセチルコリンを増やし、脳虚血による空間認知機能障害を改善することが分かっています。アセチルコリン受容体を活性化するのです。アセチルコリンが減ると物忘れ、活気の低下、興奮、徘徊(はいかい)などの症状が出てきます。そうした症状に当帰が効きます。

認知症対策など高齢者に有効な漢方薬について解説する惠紙教授

同じく当帰が入っているのが抑肝散(よくかんさん)です。こちらの生薬は蒼朮、茯苓、川芎、当帰、釣藤鈎(ちょうとうこう)、柴胡(さいこ)、甘草(かんぞう)の7種類。当帰芍薬散と4種類が同じです。

もともとは子どもの“かんの虫”の薬ですが、2005年に東北大でアルツハイマー型認知症の興奮抑制に使ってみると効果がありました。そこから研究が進み、レビー小体型認知症の幻視がある人にも有効だとする報告がされています。西洋医学だけの先生も「漢方にも薬理作用がある。まやかしではない」と理解して使うようになっているところです。また、高齢者施設でも使われています。

興奮性のアミノ酸神経系は誰もにあり、そこで神経間に伝達するグルタミン酸のバランスが崩れた時に興奮します。抑肝散はグルタミン酸を減らすことで興奮を抑えるのです。神経細胞を保護する作用もあり、またセロトニン系の受容体にも作用して不安を軽減します。このため不眠や、せん妄の改善に使います。

元気出る人参養栄湯 六君子湯で食欲増進

抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)は抑肝散に陳皮(ちんぴ)、つまり温州みかんの皮を加えたものです。陳皮には細胞が壊れていくのを防ぐノビレチンという成分があります。その効果として協調性が出て、介護者の負担が軽減するという研究報告が出ています。

元気が出るのは人参養栄湯(にんじんようえいとう)です。この中の黄耆(おうぎ)や人参は、全身倦怠(けんたい)感を解消します。高齢者は筋力の低下によるフレイルに陥ることが心配です。その予防として危なくない程度の筋力トレーニングに取り組んだ方がいいのですが、トレーニング時に飲むと元気になります。

また、高齢になると誤嚥(ごえん)が危険です。誤嚥性肺炎は、せきをうまく出せずに食べ物が肺に入ることで起きます。せきをするのは誤嚥予防なのです。半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)はせき反射を改善します。

六君子湯(りっくんしとう)は食欲低下、意欲低下の改善に効果があります。生薬は蒼朮、人参、半夏、茯苓、陳皮、甘草、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)です。陳皮や生姜には、胃のグレリンという食欲増進ホルモンを分泌する作用があります。胃の動きを良くして食べ過ぎ、飲み過ぎにも効きます。

「全てを飲んで体験しています」と漢方薬の効果について解説する惠紙教授

最後に紹介するのが十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)です。西洋医学的にも研究が進み、この薬はがん患者の再発予防、延命効果が報告され、がん治療後に活用されています。一般的にも風邪をひきにくくなります。

ただし、甘草が入っているものは注意が必要です。甘草は特に70〜80歳以上の人は低カリウム血症を引き起こすことがあり、むくみや血圧上昇など心臓に影響する可能性があります。そこだけは気を付けてください。

このように漢方薬は生薬ごとの作用を足して作りますが「1+1=2」以上の効果があることが分かってきています。健康であれば無理して飲む必要はありません。しかし、気になる症状があれば飲み始めてもいいのかなと思います。高齢になって認知機能が落ちはじめた時に「あれっ」と思うことがあれば、何らかのことをした方がいい。実は私も、これら全てを飲んで体験しています。

高齢者および認知症の諸症状改善への漢方薬

認知機能改善(基礎研究)
 ……当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)

不安、不眠症、攻撃性、幻覚、妄想
 ……抑肝散(よくかんさん)

上記+中核症状
 ……抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)

攻撃性、鎮静が必要
 ……釣藤散(ちょうとうさん)

心理・行動症状、鎮静
 ……黄連解毒湯(おうれんげどくとう)

抑うつ、活気低下、倦怠感
 ……補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)

抑うつ、誤嚥予防
 ……半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)または茯苓飲合半夏厚朴湯(ぶくりょういんごうはんげこうぼくとう)

食欲低下、意欲低下
 ……六君子湯(りっくんしとう)

不眠(興奮以外)
 ……酸棗仁湯(さんそうにんとう)

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この記事を書いた人

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