【専門家インタビュー】早期発見なら「回復」も MCIは重要な分岐点

「最近、もの忘れが多いかも」と感じたら、迷わず、恐れず診察を―。最新の報告ではわが国の65歳以上で、認知症への前段階ともされる軽度認知障害(以下、MCI)の有病者は約559万人。認知症の有病者を100万人以上も上回ります。もっとも、MCIから健常な状態への回復も可能だといいます。認知症への移行を食い止めるため、久留米大医学部・高次脳疾患研究所の小路純央教授と佐藤守講師にMCIについて解説してもらいました。

話を伺ったのは?

久留米大医学部・高次脳疾患研究所
小路純央教授

久留米大医学部・高次脳疾患研究所の小路純央教授

医学博士。1966年生まれ、大分県中津市出身。久留米大医学部卒、同大学院医学研究科博士課程修了。96年から98年まで米国オレゴン健康科学大に留学。久留米大医学部神経精神医学講座助手、講師、准教授、同大高次脳疾患研究所准教授を経て現職。福岡県認知症医療センター事務局、福岡県認知症施策推進会議委員などを兼務。日本認知症学会専門医、日本老年精神医学会専門医、認知症サポート医。

久留米大医学部・高次脳疾患研究所
佐藤守講師

久留米大医学部・高次脳疾患研究所の佐藤守講師

医学博士。1981年生まれ、大分県別府市出身。久留米大医学部卒、同大学院医学研究科博士課程修了。2015年から17年までドイツ・テュービンゲン大に留学。久留米大医学部神経精神医学講座、高次脳疾患研究所講師、久留米大学病院もの忘れ外来担当医兼務。日本老年精神医学会専門医、認知症サポート医。

目次

認知機能は低下も生活には支障なし

―軽度認知障害(以下、MCI)とはどのような状態ですか。加齢によるもの忘れとの違いは。
 
小路 加齢に伴うもの忘れは避けられませんが、MCIでは正常な高齢者に比べて認知機能が低下しています。ただ、その自覚があっても日常生活、社会生活には支障がありません。

―認知症には至っていない状態ですね。

小路 認知症になると、記憶力の低下だけでなく、今日が何月何日で、ここがどこかなど日付や場所などが分からないといった見当識の障害や、問題解決などに関する障害も出やすくなり、社会的に自立できません。加齢に伴うもの忘れの場合はある部分の記憶が抜けても、ちょっとしたヒントで思い出すことができます。例えば前日に何かの会で誰かに会ったことを忘れていても、「昨日、会があった」と言われれば誰に会ったか思い出せます。一方で認知症だと会に出席したこと自体を覚えていません。MCIでも、そうした状態であれば認知症に近づいていることになります。

全ての認知症の前段階 早期の判断・対処を

―MCIはどういう時に自覚しますか。

佐藤 体験したことを忘れてしまうエピソード記憶の低下ですね。とくに昔のことは覚えていても、直近のことを忘れてしまうことがあります。また、テレビなどのリモコンの操作に「あれ?」と悩み始めるといった、今まで普通にできていたことができなくなることで気付くケースも多いかと思います。

―家族の気付きは。

小路
 最近同じことを言うようになった、というのが気付きやすい点です。以前に比べて仕事で間違える、とくに記憶に関連するミスが増えた、といったことも周囲が気付きます。物の名前が出てきにくくなり「あれ、これ、それ」という表現が多くなったり、物をなくしたり、初めて行った場所や会った人を記憶するのが難しかったり。

―記憶の障害が目立つということは、MCIはアルツハイマー型認知症への前段階ですか。

佐藤 いいえ、全ての認知症の前段階で、アルツハイマー型だけではありません。認知症に移行する場合にアルツハイマー型になるのか、レビー小体型、または他の認知症になるのか。できるだけ早期に判断して対処する必要があります。

小路 例えば前頭側頭型であれば、性格の変化など記憶以外の認知障害が目立つようになります。その場合は家族が気付くことが多いです。

認知症への速い移行も かかりつけ医に相談を

―やはり早期発見が大切なのですね。

佐藤 健常からMCI、認知症へと移っていきますが、MCIの期間はすごく長いのです。例えば記憶障害があるMCIだと、認知症に移行していくのが5年で50%ぐらいだといわれています。ただし、記憶以外にも遂行機能など複数の認知機能障害がある場合、より速く移行するパターンもあります。MCIの段階に、いかに早期にケアをするかが大切です。

―認知症に移行しているか否かは、どうやって診断するのですか。

小路 スクリーニング検査のほか、本人や家族からの聞き取りを基に臨床的認知症尺度(CDR)という評価基準で判定します。さらに病歴の確認や画像検査、血液検査、神経学的診察などの結果をトータルで見て医師が判断し、どの型の認知症に該当するのか診断します。MCIであれば、おおむね半年後に再受診してもらいます。

―受診や相談には何科を訪ねればいいでしょう。

小路 確実に診てもらうには専門外来がいいかと思いますが、かかりつけ医に相談するのもいいでしょう。自治体の相談窓口や、地域包括支援センターを利用できるケースもあります。

佐藤 他には患者さんが信頼されているかかりつけ医から久留米大学病院など認知症疾患医療センターへ紹介状を書いてもらうのが確実だと思います。

「かかりつけ医に相談を」と話す小路純央教授(左)と佐藤守講師

改善への取り組みで14〜44%の人は回復

MCIについて解説

―MCIで受診する人は増えていますか。

佐藤 確実に増えています。ご自身でもの忘れを心配されて受診するケースが多いです。アルツハイマー病の進行を遅らせる新薬レカネマブが出てから、早い段階で受診する方も増えました。この薬が使えるのはMCIから軽度認知症までの段階ですから。検査をすると健常領域の方もいますが、その後の経過観察へのきっかけになります。

―予防策は。

小路 5月に認知症に関するデータが出され、福岡県久山町や島根県海士町など4町で行った疫学調査の結果、2022年の認知症の有病率は12.3%でした。12年時点での厚生労働省の試算では25年には有病率15%以上で、患者数は約675万人になると推計していましたが、実際には約443万人と大きく下回っています。この背景としては、喫煙率の低下、メタボリック症候群の特定健診による国民の意識の向上、高血圧や糖尿病の薬の進歩などで有病率が下がったためと考察されています。

「改善への取り組みで14〜44%の人は回復します」と小路教授と佐藤講師

―やはり生活習慣病を遠ざける生活が大切ですね。

小路 そうです。食事はバランスよく腹八分目、日頃の運動、便秘に気を付け、良い睡眠を取ること。慢性的なストレスもよくありません。また、知的活動を繰り返すことも重要です。

―MCIの段階であれば健常への回復が可能。そこは励みになります。

小路 1年間で平均約10%は認知症に移行し、5年では約40%が移行する一方、14〜44%は健常に戻れるという報告があります。改善に取り組むことで回復できる可能性はあります。

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