人間ドックや健康診断で「脂肪肝」と指摘されたことがある人は多いのでは。脂肪肝は肝硬変や肝がんに進行する危険性がある「黄信号」です。そこで久留米大医学部内科学講座 消化器内科部門の主任教授の川口巧氏に、脂肪肝について解説していただきました。今回の前編では脂肪肝の罹患(りかん)状況や怖さ、自身の“危険度”が分かる数値の算出方法などを取り上げました。
話をうかがったのは?
1970年生まれ、95年久留米大医学部卒、99年同大大学院医学研究科修了、2000~02年米国テキサス大サウスウエスタン医療センター留学、02年久留米大医学部内科学第二講座助教、07年同大医学部内科学講座 消化器内科部門講師、20年同准教授、22年同主任教授
久留米大医学部内科学講座 消化器内科部門
主任教授 川口巧氏
目次
成人健診受診者の4人に1人は脂肪肝
―脂肪肝に関する最近の傾向について教えてください。
健康診断で肝機能異常を指摘されて受診される方が増えています。注目すべきは、来院される方のほとんどが「脂肪肝」であることです。現在、健診を受けた成人の4人に1人は脂肪肝と言われています。脂肪肝が増えている原因は、食生活が欧米化したこと、そしてパソコンなどで多くのことが済ませられるなど、暮らしが便利になって身体活動量が落ちているといった点などが考えられます。実は、脂肪肝は糖尿病よりも、患者数が多い状況にまで増加しています。
―脂肪肝は肝臓がどうなった状態なのでしょう。
肝臓の5%以上の細胞に中性脂肪がたまった状態が脂肪肝です。脂肪肝を放置すると肝硬変や肝がんに進行することがあります。脂肪肝の患者数は年々増加しており、それに伴って脂肪肝による肝硬変や肝がんの患者さんも急激に増えてきています。
症状が出たら末期がん!?
―がんに進行する危険性があるのですね。
近年、消化器系のがんの罹患者が増加傾向にあり、とても心配しています。日本人のがん死亡者数の1位は肺がんですが、2-4位は大腸がん、胃がん、膵臓がん、肝がんと消化器系のがんばかりです。とくに予想外だったのは肝がんです。これまで肝がんの主な原因であったC型肝炎が治療薬の進歩により根治できるようになったため、肝がんは減ると考えられていました。確かに、C型肝炎による肝がんは減ってきました。しかし一方で、脂肪肝から肝がんに進行する患者さんが増えてきています。また、脂肪肝は大腸がんや膵臓がん、そして乳がんとも関連することが報告されています。このように、脂肪肝はさまざまながんに関係する恐ろしい病気と言えます。
―脂肪肝による肝がんに特徴はありますか。
脂肪肝の方は健診などで指摘されても、食べ過ぎ! 飲みすぎ! が原因の軽い病気とあまり重く受け止めない方もおられます。脂肪肝では特有の症状もなく放置されることも多いため、病院を受診するのが遅れ、肝がんが進行した状態で診断される場合も少なくありません。
―自覚症状がないのは怖いですね。
日本には大腸がんや子宮がんなどの検診はありますが、肝がんや膵臓がんは検診がありません。そのため、脂肪肝の方はぜひ、腹部のエコー検査を定期的に受けていただきたいと思います。「腹部エコーをお願いします」の一言で救われる方も多いのではないかと思います。
FIB-4(フィブフォー)で危険度を知ろう
―自分でリスクを知る方法はありますか。
脂肪肝は、自覚症状がほぼなく、健診で発見される場合が多い病気です。健診の採血には肝臓の状態を示す数値:ALT(GPTともいう)やAST(COTともいう)などがあります。基準値を超えていれば、脂肪肝などを患っている可能性もあります。日本肝臓学会は「奈良宣言2023」を発出し、ALTの数値が30超の方に受診を勧めています。また、肝硬変や肝がんに結び付く肝線維化の進展の度合いを評価するFIB-4index(フィブフォー・インデックス)も有効です。
― FIB-4index で危険な数値は。
日本肝臓学会と日本糖尿病学会が合同で、糖尿病の患者さんで肝がんに進行する人を早期の段階で見つけるための研究が行われました。その結果、FIB-4が2を超える方は、そうでない方より20倍以上、肝がんが起こりやすいと分かったのです。ALTが30超の方で、肥満、糖尿病やメタボリックシンドロームを合併している方はFIB-4も計るとより肝臓の状態が分かります。
―計算方法を教えてください。
インターネットで「FIB-4」と検索すると、日本肝臓学会のウェブサイトなどさまざまなサイトで計算ができます。計算式に、年齢とAST、ALT、血小板数を入力すれば、すぐに分かります。また最近はFIB-4を採血の結果に加えている医療機関もあります。FIB-4 は絶対的な基準ではありませんが、自覚症状が何もなかったのに検査をすると大きな肝がんが…というような患者さんは減っていくでしょう。ご自身で肝臓の状態をチェックできる方法としてぜひ、 FIB-4 を活用してほしいと思います。
進行食い止めへの新基準
―採血データのほかに危険度の目安はありますか。
脂肪肝の患者さんで、肝硬変や肝がんに進行するのは約25%です。すなわち、脂肪肝の患者さんの中から、危険な脂肪肝の患者さんを早めに絞り込むことが重要と考えられます。2020年に22カ国32人の専門医によるインタナショナル・エキスパート・パネルという国際的な会が開かれました。私も参加したのですが、この会では、危険な脂肪肝の新たな診断基準を提案しています。
―新しい診断基準ですか?
脂肪肝の方が、肥満や糖尿病を患っていると、ハイリスクな脂肪肝と判断します。また、肥満や糖尿病でなくても、メタボリックシンドロームがあればハイリスクな脂肪肝と判断します。これは、脂肪肝から肝硬変や肝がんへの進行には肥満、糖尿病、メタボリックシンドロームが影響していているということが最近の研究で分かってきたからです。
メタボに要注意!
―従来の診断基準との違いはどこですか。
この新基準をMAFLD(マッフルディー)と名付けられています。従来の基準は40年前に作られたNAFLD(ナッフルディー)です。NAFLDの「N」はノンアルコールといってアルコールを飲まないという意味です。お酒を飲まない、もしくは飲酒が少量なのに脂肪肝になった病態を指します。約40年前は脂肪肝になる主な原因は飲酒だとされていたので、診断基準としてアルコールとノンアルコールを分けてありました。このNAFLDの「N」をメタボリックの「M」に替えて、代謝異常(肥満、糖尿病、メタボ)を合併している人を肝がんのリスクの高い脂肪肝として、きちんと診ていきましょうという提言です。
―MAFLDを基準にする利点は。
NAFLDは最終的に肝臓に針を刺す肝生検を行わないとリスクの高い非アルコール性脂肪肝炎(NASH)は診断できません。しかし、成人の約25%もの人に肝生検はできません。MAFLDは健診データを基に危険な脂肪肝を効率的に見つけることができ、肝生検は必須ではありません。
また、NAFLDでは飲酒が1日に日本酒1合以上の方は除外されていましたが、MAFLDでは飲酒量に関係なく代謝異常を基に診断されます。早い段階からハイリスクな脂肪肝を見つけ出していかないと手遅れになる可能性があります。そうならないように健診結果などを基に「危ない脂肪肝」を見つけるのが狙いです。
【お知らせ】後編(8月掲載予定)では予防と対策のための食と運動を取り上げます。