例えば、そのポリープはがんなのか良性なのか。がんであれば、どんな種類なのか。さらには転移していないか。患者から採取した組織や細胞を検査して病気の正体を見極め、診断の確定を行うのが病理医です。「病理診断は医療の重要な土台です」と久留米大医学部病理学講座の主任教授・秋葉純氏。患者はほとんど顔を合わせることのない“もう一人の主治医”といえる病理医の仕事を、同教授に解説してもらいました。
※西日本新聞TNC文化サークルの講座「脳活健康大学」から抜粋・構成。
話を伺ったのは?
久留米大医学部病理学講座 主任教授
秋葉純氏
久留米大医学部病理学講座の主任教授・秋葉純氏
医学博士。1997年久留米大医学部卒業。2001年同大学院医学研究科を修了し、同医学部病理学講座の助手に。同年から2年間、米国食品医薬品局(FDA)へ留学。帰国後、聖マリア病院病理部医員、久留米大医学部病理学講座助手、講師、准教授、久留米大病院病理診断科・病理部部長・准教授、同教授を経て、24年から現職。日本病理学会学術評議員・専門医、日本臨床細胞学会評議員・専門医、日本肝癌研究会評議員など。
目次
病気の正体を探る治療の出発点
病理医の仕事について解説する秋葉氏
皆さんは病理医がどんな仕事をしているか、ご存じでしょうか。私たち病理医は、患者さんから採取された検体の組織・細胞を主に顕微鏡で見て、病気の種類や正体を明らかにする医師です。
「治療の出発点」を支える病理診断
送られてきた検体が良性なのか悪性なのか、どういった病変かを調べます。がんであれば、どのくらいの範囲まで広がっているか、転移の可能性が高まる血管やリンパ管の中まで入っていないかなど、それらを主に顕微鏡を用いて慎重に診断します。時には、患者さんの年齢や画像所見なども参考にすることもあります。その病理診断書が治療や手術を担当する臨床医、つまり内科や外科の医師が治療方針を考えるうえでの出発点となります。
生検や細胞診など数種類の病理診断
採取した検体を切り出し、脱水、染色など加工して病理標本を作る
病理診断にはいくつかの種類があります。まず「生検診断」です。例えば、胃や大腸などでは、内視鏡の担当医が胃カメラや大腸カメラで病変があったら一部を取ります。その検体を病理医が顕微鏡で見て、どういった種類の病変かと診断します。そこで手術が必要であれば、今度は手術の際に検体を取り、病変の大きさや広がり、リンパ節に転移はないかなどを調べます。
最も神経を使うのが手術中に行う「術中迅速診断」です。患者さんのおなかが開いている、あるいは体に内視鏡が入っているような状態で検体が提出され、そこから病変を取った端にがんが残っていないかや、転移の有無などを調べるのです。迅速に短時間で診断しなければ麻酔にかかっている時間が長くなり、合併症のリスクも増えてきます。また、診断によって手術方針が大きく変わることも少なからずあります。
病理診断について説明する秋葉氏
亡くなった患者さんの「病理解剖」も行い、病気の広がりや治療の効果などを詳しく調べ、今後の医療に生かせる大切な手がかりを探します。大切な方を亡くされた深い悲しみの中で、病理解剖を承諾してくださるご遺族のお気持ちに応えるためにも、一つひとつの所見を丁寧に確認し、真摯な姿勢で病理解剖に取り組んでいます。
検診でよく行われるのが「細胞診」で、子宮頸(けい)がんの検診はこの方法です。ブラシなどで表面をこするようにして細胞を採取するため、組織を切り取る生検よりも受診者の身体的負担も抑えられます。このほか尿や痰(たん)で診断することもあります。
最新技術も使い総合的に診断
大腸ポリープを例に説明する秋葉氏
では、実際の医療現場では具体的にどのように診断しているのでしょうか。みなさんもよく耳にされると思う「大腸ポリープ」を例に説明します。
まず、ポリープとは病名ではありません。ポリープは形の名前であって、隆起して見える病変の総称です。大腸で周りの粘膜よりもキノコのようにポコッと膨らんでいたら、それは大腸ポリープです。
ポリープにも悪性腫瘍のがん、良性腫瘍の腺腫(せんしゅ)、あるいは腫瘍ではない過形成性ポリープなどがあります。ポリープがあるという時点では、それが良性なのか悪性なのか、まだ分かりません。また、大腸では良性の腺腫が少しずつ悪くなって早期がんになり、さらに進行がんに進むこともあります。ですから「ポリープだから良し」ということはないのです。
そこで病理医の出番です。臨床医による内視鏡切除で採取されたポリープの組織を、主に臨床検査技師が1枚のガラス標本にします。検体を薄く切れる状態に加工し、染色も加え、さらに髪の毛の太さやお札の厚さ(約0.1mm)よりもかなり薄い0.004mmにスライスします。これをガラスの上に貼ったものが標本です。
熱心に聞き入る参加者
その標本を病理医が顕微鏡で調べます。細胞や核の形、細胞の腺管の並び方、周囲の組織との境界、炎症、線維化、壊死(えし)などの背景、さらには患者さんの年齢や画像、検査値といった臨床情報を手がかりに診断します。
また、最近はより精度を上げるために顕微鏡だけでなく、いろいろな検査をします。難しい症例のときは免疫染色によって、より詳しく診断をします。免疫染色は治療にも直結し、それぞれの患者さんに適した治療が行えるような情報を臨床医に提供する「コンパニオン診断」を行うのも大事な役割です。
近年では、DNAやRNAなどの遺伝子情報を解析する「分子病理診断」も重要になっています。病理医は、顕微鏡で観察する組織や細胞の特徴に加え、画像検査や腫瘍マーカー、遺伝子検査などの情報も参考にしながら、総合的に診断を行っています。
デジタルで解析進歩 次の治療を支える
「病理診断を担う病理医も、患者さんの治療を支える医師の一人」
標本をデジタル化したデジタルスライドの活用によって、解析も進んでいます。診断が難しい症例も多々ありますが、そういったときに他施設のエキスパートとデジタル画像を共有し、意見を聞くこともあります。国内のみならず世界のエキスパートの意見を聞くことも可能です。私たちも他施設の先生と共同研究するときなど、デジタル画像を活用しています。
また、研究面では、より効率よく正確な解析を行うための道具として、AI(人工知能)も使われるようになってきています。
このように、病理診断はさまざまな情報を総合的に判断し、患者さんの診断や治療方針の決定を支える、医療の重要な土台となっています。そして、その病理診断を担う病理医も、患者さんの治療を支える医師の一人です。医師の中に私たち病理医という存在がいることを知っていただければと思っています。