いつまでも体の健康を保つのはもちろん、脳も健やかに保って認知機能の低下を防ぎたい。そのためには、どういった生活を送ればいいのでしょうか。久留米大・高次脳疾患研究所の小路純央(しょうじよしひさ)教授は、その秘訣(ひけつ)として快食・快眠・快適な運動・快便の「4つの快」を提唱します。さらに、脳トレなどの知的活動も不可欠。これら健康長寿、ウェルビーイングの鍵を握るポイントを語ってもらいました。
話を伺ったのは?
久留米大・高次脳疾患研究所
小路純央教授
久留米大・高次脳疾患研究所の小路純央教授
医学博士。1966年生まれ、大分県中津市出身。91年久留米大医学部卒、同大学院医学研究科博士課程修了。96年から98年まで米オレゴン健康科学大に留学。久留米大医学部神経精神医学講座助手、講師、准教授、同大高次脳疾患研究所准教授を経て現職。日本認知症学会、日本精神神経学会、日本臨床精神神経薬理学会でいずれも指導医・専門医のほか、九州精神神経学会評議員、福岡県認知症施策推進会議委員などを務める。
目次
鍵握る快食、快眠に快適な運動と快便
快食・快眠・快適な運動・快便の「4つの快」を提唱する小路氏
厚生労働省の2012年調査によると、日本の高齢者(65歳以上)で認知症の人は462万人で、25年には700万人に達すると推測されていました。しかし10年後の22年の調査では443万人で、有病率は15%から12.3%へと低下しました。
2012年と2022年の有病率調査
一方、MCI(軽度認知障害)の人は159万人も増加しました。認知症とMCIを合わせた割合はどちらの調査でも約28%で変わらないため、MCIから認知症へ進行する割合が減ったと考えられます。
背景には禁煙や肥満、高血圧、脂質異常症、糖尿病に対する治療薬の進化があります。また、国の運動・栄養施策「健康日本21」によって健康意識が高まり、今や高齢者の9割が運動や栄養を意識するようになりました。
「4つの快」と知的活動で健康長寿へ
健康寿命や介護予防を阻む三大因子は生活習慣病、ロコモティブ症候群(運動器症候群)、そして認知症です。その予防の柱となるのが食事、睡眠、運動、排便の「4つの快」であり、脳のトレーニングも重要です。MCIの段階であれば、適切な取り組みによって健やかな状態に戻れる可能性があります。日頃から積極的に予防に取り組みましょう。
MCI(軽度認知障害)とは
健常と認知症の間にある状態で、日常生活や社会生活に支障がない程度の認知機能低下が見られます。1年後に10%、5年後に40%が認知症に進行する一方、改善に取り組むと14~44%は健常への回復も可能とされています。
食事
ギリシャやイタリア南部などの「地中海食」が健康に良いとされるのは、野菜や果物、豆類といった植物性食品をはじめ、魚介類、不飽和脂肪酸のオリーブオイル、卵や乳製品などをバランス良く取るからです。
一汁三菜を基本とする和食も栄養バランスに優れています。ただし塩分が多くなりがちなので、汁物や漬物を控えめにする工夫が必要です。そこに乳製品や果物を一品添えると、より理想的なバランスになります。
「マゴタチワヤサシイ=孫たちは優しい」を意識しましょう
認知症予防の合言葉「マゴタチワヤサシイ=孫たちは優しい」を意識しましょう。まめ類、ごま(種実類)、たまご、チーズ(乳製品)、ワカメ(海藻類)、野菜、魚(魚介類)、しいたけ(キノコ類)、いも類を毎日の献立に取り入れると自然と栄養が整います。
そして大切なのが「腹八分目」です。食べ過ぎによるカロリー過多は生活習慣病を引き起こし、脳の健康にも悪影響を与えます。栄養面において、持病がある人はかかりつけ医や栄養士などに相談してください。
睡眠
睡眠の重要性について話す小路教授
睡眠には、脳をしっかり休める深い睡眠(ノンレム睡眠)と、体を休めて記憶を整理する浅い睡眠(レム睡眠)があります。この二つが約90分周期で一晩に4、5回繰り返されます。深い睡眠中には成長ホルモンが分泌され、骨や筋肉を修復し、血糖や血圧を整えます。
加齢に伴い深い睡眠が得にくくなり、夜中に目が覚めることが増えていきます。睡眠時間は短くなったり、就寝・起床の時間が早まったりする傾向も現れます。しかし「長く眠ること=良い睡眠」ではありません。重要なのは適度な睡眠時間と、朝起きた時に「ぐっすり眠れた」という休養感です。この休養感が足りないと日中の活力が奪われるだけでなく、記憶力や注意力、判断力など認知機能全般の低下にもつながります。
生活習慣病にも関連します。睡眠不足や不眠は交感神経を過剰に刺激し、高血圧や高血糖を招きます。また、夜更かしすると食欲を増進するホルモンが増え、抑制するホルモンは減ります。このため肥満やいびき、睡眠時の呼吸障害を引き起こす悪循環も生じます。
睡眠時間と死亡リスク
特に高齢者の場合は日中に布団の上などで過ごす「床上時間」が長くなると死亡リスクが高まることが分かっています。退屈さから布団の上に長くいると、睡眠時間は延びても「ぐっすり感」は得られません。
なお、睡眠時間は長すぎても短すぎても死亡や生活習慣病、認知症のリスクを高めます。アルツハイマー病の原因とされるタンパク質「アミロイドβ」は起きている間にたまり、深い睡眠の間に排出されます。加齢で深い睡眠が減るとアミロイドβの蓄積が進み、認知症の発症につながると考えられています。
では、どうすれば良い睡眠を得られるのでしょうか。睡眠と覚醒の中心的役割を果たしているのは、脳の松果体から分泌されるメラトニンというホルモンです。これは加齢とともに分泌が弱まりますが、午前と午後に2時間ずつ太陽光ぐらいの光を浴びることで分泌が増えたとの報告があります。体内時計を整えるためにも毎朝決まった時刻に起きて日光を浴びましょう。
ほかにも1日3食を規則正しく取る、日中は運動などでしっかりと体を動かして適度な疲労感を得る。アルコールやカフェインはできるだけ控える。昼寝は午後3時までに30分以内にとどめる。入浴は就寝2時間前までにぬるめの湯で済ませる。寝室は眠るためだけの場所に。これらの習慣が深い睡眠を後押しします。
深く眠るためには日中の活動性が大事で、それが生活習慣病の予防にもなります。また、日頃からストレスをためすぎないことも重要です。
運動
「快い運動」とは無理なく楽しく、自分のペースで日常に取り入れられる運動のことです。運動には心肺機能の改善や生活習慣病の予防、足腰の強化、転倒防止など多くの効果があります。必ず準備運動と整理運動を行い、日頃から無理なく細く長く継続しましょう。
「座りっぱなしの時間を減らすことも重要」
厚生労働省が「健康づくりのための身体活動・運動ガイド」を出し、推奨する運動量の目安などを挙げています。それが難しい人には、今より10分多く体を動かす「+10(プラステン)」がお勧めです。運動そのものだけでなく、座りっぱなしの時間を減らすことも重要で、犬の散歩や掃除機かけといった日常的な活動、外出も座位時間の減少につながります。
運動の基本は有酸素運動ですが、手軽に筋力をつけるレジスタンス運動も欠かせません。しりとりや計算をしながら歩くなど、体と頭を同時に使う「コグニサイズ」は脳の活性化に大変効果的です。山登りやハイキング、サイクリングなど多様な動きを楽しむことが長続きのコツです。
排便
高齢になると便秘に悩む人が増えます。これは腸の動きに関わる神経の減少や、筋力の低下、運動量や食事量の減少、特定の薬(抗コリン薬など)の影響が原因です。
しかし、便秘は単なるおなかの不調にとどまらず、健康寿命を左右します。排便時に強くいきむと血圧が急上昇し、脳出血などを引き起こす危険が高まるためです。動脈硬化が進む高齢者は、この血圧変動が大きくなります。
「腸と脳は関係する」
さらに便秘で腸内環境が悪化すると腸管に炎症が起き、大腸がんのリスクも高まります。炎症は脳にも波及します。老廃物のレビー小体は炎症をもとに腸に蓄積し、上行して脳にたまるとパーキンソン病や認知症を引き起こすことも報告されています。アルツハイマー病でも同様の研究報告があります。「腸脳相関」と言い、腸と脳は関係するのです。
快便を保つには、適度な運動で腸を刺激すること、食物繊維をしっかり取ること、ヨーグルトなどの善玉菌や、その栄養となるオリゴ糖を取って腸内環境を整えることが有効です。疾病予防にもつながります。また、十分な水分も忘れずに取りましょう。
なお、センナなどの刺激性の下剤には要注意。連用すると腸の働きが弱まる恐れもあるため、服用は必要時にとどめてください。
脳トレ
生活の中に頭を使う「知的活動」を意欲的に取り入れましょう。ボードゲームや囲碁・将棋、麻雀などの頭脳ゲームは「先を読む」「戦略を立てる」といった高度な脳の働きを鍛えます。クロスワードパズルや計算、クイズなども優れた脳トレになります。
活字を追うのも有効です。読書は情景や論理を頭で組み立て、文章や日記を書くことは言語や記憶の機能も刺激します。新聞や本を読む習慣がある人は、認知症の発症リスクが低いという調査結果もあります。
ポイントは「少し難しい」と感じる課題に挑戦すること
楽器演奏もお勧めです。楽譜を読み、指を精密に動かし、音を聴き、調整するなど複数の動作を同時に行うため、脳全体が強く刺激されます。懐かしく楽しい曲を聴くと脳の血流が増えるとも言われます。外国語学習は前頭葉を鍛え、パソコンやスマートフォンの操作を新たに覚えるのも柔軟な思考力を養います。
ポイントは「少し難しい」と感じる課題に挑戦することです。また、一つの活動を続けるより、多様な活動を組み合わせると脳全体を使え、人との交流も増えます。知的な余暇活動に積極的な人は、認知障害の発症リスクが30~40%低いとの報告もあります。
message ウェルビーイングを目指しましょう
「社会的な交流も非常に大切」と小路教授
認知症予防をはじめとする健康作りを始めるのに「早すぎ」も「遅すぎ」もありません。まずは生活習慣病の予防に努め、持病があればしっかりと治療管理を受けること。目や耳のケア、適度な運動、知的活動、健康的な食事。こうした多因子でのアプローチを心がけてください。
また、地域コミュニティーやサークル活動などへの積極的な参加も非常に大切です。人とのつながりや社会的交流は、脳にとっても最高の薬になります。
ウェルビーイングは体も心も健康で、社会的にもつながり、経済的にも満たされている状態を指します。「4つの快」と日々のワクワク感を取り入れ、自分らしい豊かな健康長寿を目指していきましょう。